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2005.11.30

有隣堂の思い出

有隣堂で文庫本を買うことがひとつの楽しみだった。
ここでは文庫本のカバーが何種類もあって、好きなものを選べるのである。

また、今は二階に文庫本のコーナーがあるけれども、その昔は中二階に文庫本が置かれていた。
その頃、文具館・・・有隣ファボリーと言っただろうか? 文具専門館が馬車道にあった。今は本館の裏が文具館になっている。当時、裏のビルは一階に医学書センターがあるのみで、あとは倉庫ないし事務所に使われていたのだと思う。

それから有隣堂には長いことエレベーターガールがいた。
いつ頃いなくなったものか定かではないが、十年くらい前までいたような記憶がある。

おそらく小生は有隣堂に数百回は出掛けていることだろう。これだけでは大した自慢話にはならない。もっと多く出掛けている人がざらにいるに違いない。
しかし、小生はこれまで、有隣堂では一度たりともエレベーターを利用したことがない。これは自慢できるかもしれない。

あと特徴的なことは、有隣堂では本をレジに持っていくと機械に金額を読み込ませてから、○○円になりますと告げてすぐさま本を包みはじめる、そしてこちらが財布からお金を取り出した頃を見計らって、たとえ本を包んでいる途中であってもその手を止めて、先にお金を受け取って清算を済ませてしまうのである。それからまた本を包む作業に戻って、本を渡してくれるのである。
この意図するところが何なのかわからないが、ちょっと他では見られない特徴だと思う。

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2005.11.29

わざわざ本を買って読むことのメリット

ずいぶん前に、インターネットは両刃の剣か? というテーマで連続投稿したことがある。

いろいろ書いたけど、なかでもインターネットをやるようになってから本を読まなくなったということが吉と出るか凶と出るか、その辺のことを執拗に書いた。本の代わりにネットの情報で間に合わそうという考えが正しいのかどうか、今でもわからないところがある。
新聞などはいわゆるオンライン版の記事が普及してきたので、新聞を購読しなくても新聞が読めるということはメリットであろう。ただし新聞記事とネットの記事が全部同じかどうかはわからない。すべて同じならいずれは新聞を定期購読する人がいなくなってしまう可能性もあるのだから、何かしらの差別化がなされているのかもしれない。ようするに新聞を購読する何かしらのメリットが確保されているのかもしれない。
だが、テレビのニュースはどうだろう? これは完全に無料である。テレビさえあれば、NHKは別にしても民放のニュースはタダで視聴できるのである。
この流れからいけば新聞も安泰ではいられないだろう。実際のところ、小生は新聞を購読していない。

さて、新聞どころか本すらも買わないですべてネットの情報で間に合わそうというのが、当初の目論見だった。しかし、何と今月は本を三冊も買ってしまったのである。

以前の投稿と重複することをお許しいただきたい。
本を読まなくなった。遊んでばかりいる。決まったサイトばかり閲覧している。
ネットで情報収集するといっても、こちら側に探究心とか求道心みたいなものが欠落してくると、やがては安逸をむさぼるようになってしまう。それが遊んでばかりということでもあるし、同じサイトばかり閲覧しているということにもなってくるのだ。
仮にネットが無限大の情報源だったとしても、こちら側にそれを受け取るだけのキャパシティがなければ宝の持ち腐れというものである。
しかもである。ひどいことには、例えば何かを調べるために検索を掛ける、ヒットしたサイトを閲覧する、ここまでは普通だろう、ここからが問題だ、小生はその閲覧先のサイトを一瞥して読むのが面倒くさそうだとそこで閉じてしまうのである。
これではダメである。ダメとわかっていてもなかなか改まらないのだから、これは困ったものである。すでに安逸をむさぼるクセがついてしまっているのだ。

さて、本を三冊買ったと書いた。
これは最近ではめずらしいことなのである。本を買うことは滅多にない。では、なぜ買ったか?
そのうちの一冊はどうしても欲しかったからであるが、あとの二冊はそれほどでもなかった。それでも悩んだ挙句、買うことにしたのである。
ようするに、買った本は必ず読むのである。もちろん、つまらなくて途中で投げ出す場合もあるにはある。けれども、お金を出して買ったのだから読まなきゃもったいない、という心理が働くわけである。
逆にインターネットの情報はタダである。だから有料サイトでもない限りはもったいないという気持ちにはなかなかならない。これが大きな違いであろう。

結論として、勉強家にとっては情報の宝庫ともいうべきインターネットだが、怠け者には遊び道具の一つに過ぎないのがインターネットである。怠け者が勉強しようと思ってもネットにはいろいろの誘惑があって勉強を貫徹できない。であれば、本を買って勉強したほうが目的がはっきりするので勉強に専念しやすいし、せっかくお金を出して買った本なのだから読まなきゃ損という意識も働くので必然的に勉強に前向きになれる。

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2005.11.28

お花畑

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本年六月十九日に桜木町駅前にて。

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2005.11.27

ガラクタ写真館

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五千枚の中からいちばんいい写真を出してみよ、といわれるとひじょうに困るのだが、これはわりといいのではないかと思っている。

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2005.11.26

気がつけば丸一年

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生まれて初めてデジタルカメラを買ってから丸一年が経った。

画像には通し番号が刻まれるようになっていて、一年間で何枚撮ったかがわかる。すでに五千枚を超えている。これは普通のカメラではできない芸当である。フィルムがもったいなくてとてもじゃないけど五千枚も撮れなかっただろう。五百枚すら疑わしい。
むろん五千枚すべてが使える写真というわけではない。おそらくは圧倒的に使えない写真ばかりである。技術的にひどいのだ。手ぶれであるとかピントが合っていないとか、露出の問題もある。ホワイトバランスがどうたらこったら、これはいまだによくわかっていない。
であるから、大抵はそのままパチリとボタンを押しているだけである。それでうまく撮れてるかどうか判断して、ダメなら撮りなおす、そして普通ならダメなほうを消去するのだろうが、小生はケチなものだからダメなものもすべて残してある。
ゆえに五千枚はゴミの山みたいなものである。そこから使える写真を掘り出すのはけっこう面倒くさい。今後はもっと増えるだろう。五万十万と増えていったら大変だ。いわゆるごみ箱といわれるフォルダがあるけど、もはやパソコンそのものがごみ箱同然である。

ちなみに上の画像は本稿と無関係である。

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2005.11.25

楠森湧水の所在地

56

楠森湧水は、京浜急行の黄金町と南太田の中間くらい、やや黄金町寄りであろうか、道路では平戸桜木道路の、角に千家があるところ、反対側にはデニーズ・・・こちらは有名なファミリーレストランであるが、千家というのはいわゆる家系ラーメンの店で、おそらく家系ラーメンの中では成功しているほうだろう・・・それはさておき、この千家の角を曲がると久保山に上っていく坂道になる、その上り始めに「れんげ幼稚園」があって、位置的にはこの幼稚園の右裏手あたりに目的の湧水がある。
あるいは太田小学校の直下と言ってもいい。

ここはちょっとした森になっている。はたしてこの森の木がクスノキなのかどうかはわからない。では何ゆえ楠森湧水と呼ぶかといえば、この森には神社があって、それが楠森稲荷というのである。

上の画像はあんまり関係ない。強いていえば、端っこに鳥居が見える。それが楠森稲荷の上り口である。この階段の右脇に水が湧いている。

小生は横浜に長く住んでいるけど、この湧水は知らなかった。本年の十月七日に発見した。
湧水といっても渇水期になると極端に湧出量が少なくなったり、場合によっては水が完全に出なくなってしまうようなところもあるようだが、そんなものは紹介できない。それでしばらく様子を見ていたのである。
このところ横浜は雨が降っていない。それにもかかわらず、ほぼ一定の湧出量を保っているようなので、ここに紹介させていただいた次第である。

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2005.11.24

楠森湧水

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現時点でこのタイトルを検索しても出てこない。

なぜならば、楠森湧水は小生の命名だからである。

おそらく本邦初公開、いや世界初公開だと思う。
もし、この湧水の画像を小生に先んじて公開しているものがあれば申し出ていただきたい。その折には謹んでお詫び申し上げるとともに、湧水の命名権をお譲りしたいと思う。

楠森湧水はなかなかのネーミングだと思うが如何?

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2005.11.23

これがカモンヤマカルガモだ!

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以前、これがカモンヤマガモだ!というのを投稿した時に、「はっきりいって、この写真はあまりよくない。(中略)技術的な問題はともかく、この写真がよくない理由はいい写真が撮れた時に説明したいと思う。」と書いた。

今回、どうにかいい写真が撮れた。
どこがいいの? といわれると困るのであるが、技術的には未熟であるけれども、どうにかカルガモの特徴のひとつであるところの青い翼鏡を捉えることができたのだった。
普段、水辺で羽を休めている時には隠れていてなかなか見えない、見せないというべきか、驚くほど真っ青できれいな翼を隠し持っている、これを専門的には翼鏡(よくきょう)というのだそうである。

まさに究極のチラリズムである。
見えそうで見えない。基本的には見えないのであるが、羽繕いの瞬間であるとか、じゃれあっている時などに見えることがある。また、何かの拍子で、しばらく見えたままになっている時もある。
まるで着物をだらしなく着ているみたいな・・・いや、着物は前時代的であろうか? よく知らないがわざと肌蹴たような着付けをすることもあるに違いない。現代でもそれを踏襲したようなファッションがあるのだと思う。残念ながらその方面にはとんと疎いので、どのような呼称があるのかさっぱりわからないが。

水面に浮ぶ落ち葉の紅葉(黄葉?)が汚らしいようでもあり、またある種のいろどりを添えているようにも見える。

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2005.11.22

考える猫?

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何を考えているのだろう?

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2005.11.21

スクープ写真の正体

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他人のマンションだから叱られそうで恐いが、すごい写真なので思わず発表してしまった。

これが二階や三階くらいなら驚きはしない。かなりの上階である。さて、何階であろうか?
昨日の写真をよく見るとわかるかもしれない。

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2005.11.20

スクープ写真

52

一体これのどこがスクープなんや?

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2005.11.19

カモンヤマタキ

50

カモンヤマダキと濁るべきか?

というか、カタカナ表記は不自然であろう。
掃部山滝ないし掃部山の滝、いやいや、掃部山公園の滝というのがいちばん正確であろう。

この滝は秋が深まると水量が減り、まるで間欠泉のように止まったり流れたりを繰り返す。そして冬になると完全に止まってしまう。
ここは横浜だから凍結するわけではない。しかし流れは完全に止まってしまうのだ。
まことに不思議な滝である。

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2005.11.18

カモンヤマライオン

49

このライオンは明治四十二年の七月に生まれたらしい。けっこう長生きである。

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2005.11.17

カモンヤマツツジ

48

一輪だけ咲いている。完全な狂い咲きだ。

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2005.11.16

矜持

きょうじ【矜持】・・・自分の能力をすぐれたものとして抱く誇り。プライド。「聖職者としての―を持つ」「―を傷つけられる」▽「きんじ」は慣用読み。

昨日(さくじつ)、難読文字(なんどくもじ)のことに触(ふ)れたけれども、読(よ)みが難(むずか)しいわけではなくても、案外(あんがい)に間違(まちが)って読(よ)んでしまっている漢字(かんじ)が少(すく)なくないような気(き)がする。

これは読みづらい。

ウェブのばあい、ルビを入れるタグがないわけではないが、やや面倒である。それで漢字のすぐうしろにカッコで括って仮名を振ることが慣用的に行われている。
これは新聞紙面などでけっこう前から採用されている表記法でもある。

まあ、しかし、あくまで必要最小限、難読文字だけにしておかないと、ひじょうに読みづらいことになる。総ルビにしたら収拾がつかないだろう。

さて、前置きが長くなった。
ある日のこと、ウェブサイトをあちこち見て回っていて、ひじょうに偉そうな文章を書く人に行き当たった。で、その人はご丁寧にも適宜、難読文字に例の方法で仮名を振るわけである。この辺がいかにもイヤミである。そうした中で「矜持(きんじ)」というのがあった。小生はせせら笑った。へへへ、間違えてやがる、偉そうなこと書いているわりには読み方も知らねえのかよ、これは矜持(きょうじ)って読むんだぜ、コメント欄に書き込んだろか・・・などと内心でせせら笑っていたのである。小生も性格が悪い。

しかし、最初に掲げたように、明鏡国語辞典では矜持(きんじ)を慣用読みとして認めているのである。いや、まいった。これはまいった。知らなかった。
古い国語辞典にははっきりと「きんじはあやまり」と書いてあるのだ。小生はずっとそれを信じて生きてきた。それが裏切られたのである。
結局、言葉というのは時代とともに変化していく、意味の変遷もあれば読みの変遷もある、特に最近は微妙なイントネーションの変化がいちじるしい。若い人にそれを注意しようものなら、かえって時代遅れだと言われておしまいである。

それにしても国語辞典ではいつの段階でその読み方を認めるのだろうか?
あくまで「きんじはあやまり」と辞書が書き続けていれば、いつまでも「きんじはあやまり」なのではあるまいか?
つまり、辞書が若者や時代に迎合しないで、言葉をつねに規定し続けていれば、永遠に言葉は一定であるはずなのである。

しかし、こんなことを言っているようではダメだろうな。頭が固くなっている証拠である。

いずれにしてもコメント入れなくてよかった。恥をかくところだった。

むむむ、あの偉そうな文章のヤロウ、そこまで計算して仮名を振っていやがったのか?

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2005.11.15

慶賀

本日、我が雑記帖の投稿数が二百回を迎えました。メデタシメデタシ。

あ、ちがった。

本日のメインは、紀宮さまのご結婚ですね。

黒田慶樹さん、黒田清子さん、おめでとうございます。

しかし、清子(さやこ)は変換できないなあ、これは不敬罪だ。というか、宮さまの名前って概して難読ですよね。小生も読めませんでした。

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2005.11.14

一両日中

盤根錯節なんて、どのように使っていいものか、さっぱり見当がつかない。
まあ、盤根錯節たる状況・・・とでも使うのかもしれないが、ますます盤根錯節になりそうである。ようするに盤根錯節の意味がわからないのだから、その状況を説明するのに盤根錯節と言ってしまったら、盤根錯節にならざるを得ないのである。

???

自分で書いておきながら・・・さっぱりわからん。

明鏡国語辞典にはこうした言葉が豊富に掲載されていて勉強になるけれども、なぜに「一両日中」がないのだろうか?
「一両日」も「両日」も載っていない。
はっきり言って、これはミスであろう。「一両日中」というのは相当に使用頻度の高い言葉である。これを落とす理由は考えられない。

それとも不掲載にはそれなりの理由があるのだろうか?

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2005.11.13

盤根錯節

ばんこんさくせつ【盤根錯節】・・・複雑に入り組んでいて処理や解決がむずかしい事柄。

使わね~よ、こんな言葉。どうやって使うんだよ、まったく。

しかし、一発で文字変換できたからなあ。
ちなみに、昨日の「反切」は文字変換できなかった。

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2005.11.12

反切

はんせつ【反切】・・・ある漢字の字音を表すのに、他の漢字二字の音を用いて示す方法。たとえば「東」の字音を「徳紅の切」のように表し、徳 tok の声母(=音の頭の子音) t と紅 hung の韻母(=音から声母を除いた部分) ung とを合わせた tung であることを示す。

???

わけわかんね~。

この説明でわかる人がどのくらいいるのだろうか?
もっともこれは明鏡に限った話ではなく、どこの辞書も大同小異であろうと思う。

反切を知りたければ、ネットで検索すればいい。懇切丁寧に説明してあるサイトが存在する。
しかし小生は、ちょっと開いてやめてしまった。ああ、めんどうくせえ、こんなこと知らなくても困りゃしねえ、ということである。

なお昨日、蛮カラについて知らなかったと書いたが、蛮カラという言葉は知っていたし、意味もそれなりに理解していたつもりである。
ようはハイカラに対応する言葉だとは気がつかなかった・・・という意味のつもりで書いたのである。

あとから読み直すと不適切な文章がたくさんある。

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2005.11.11

弊衣破帽とクラッシュデニム

小生の愛読書は明鏡国語辞典である。

半分は冗談であるが、半分は本当である。
ペーパーレスということで、本は買わないことにしている。近年はもっぱらネットの情報で間に合わせている。それでもたまには本が買いたくなる。この国語辞典もそのひとつだった。

へいいはぼう【弊衣破帽】・・・ぼろぼろの衣服と破れた帽子。特に、旧制高校生の好んだ蛮カラな服装をいう。

これは知らなかった。だいたい旧制高校などということもピンと来ない世代である。おそらくこの弊衣破帽は死語に近いであろう。若い人はほとんど聞いたことすらないに違いない。

この辞書の説明を読んで思ったのは、穴あきジーンズである。
まさに現代における弊衣破帽ではあるまいかと。
しかし、この穴あきジーンズという表現も時代遅れらしい。ファッション業界ではこれをクラッシュジーンズとかクラッシュデニムと呼ぶようなのである。つまり、当初は自分で穴を開けていたものであるが、今ではこうしたファッションが定着して、最初から穴の開いたジーンズとして売られているようなのである。

なんたることか!

小生は弊衣破帽の世代でもないし、クラッシュジーンズの世代でもない。さりとて手製の穴あきジーンズを穿いたこともないのである。

単にファッションに無頓着なだけのことかもしれないが・・・

ちなみに蛮カラというのはハイカラをもじった言葉なのだそうである。
これも知らなかった。

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2005.11.10

これがカモンヤマガモだ!

47

一度は撮影を断念したのである。
ネコ君たちにおどされて飛んでいってしまったので、もう来ないものとあきらめていたのだが、どういうわけか舞い戻ってきた。
しかし、またネコ君におどされ飛んでいってしまった。
また戻ってきた。
あるいは小生が撮影に執念を燃やしていたら、その殺気に怖じたものか、いきなり飛んでいってしまったこともあった。

はっきりいって、この写真はあまりよくない。
だが、またいつ居なくなるとも限らないので、とりあえずこれを証拠写真として掲げておいて、さらにいい写真が撮れたら差し替える・・・いや、大容量になったのだからこれはこれでずっと飾っておいてもいいだろう。

技術的な問題はともかく、この写真がよくない理由はいい写真が撮れた時に説明したいと思う。

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2005.11.09

鎖国主義的ブログ?

自慢じゃないけど、コメントにしてもトラックバックにしても、自分から積極的に送信したことはただの一度もない。いわゆる返礼、お返しの類だけである。
昨日、トラックバックのマナーということを書いたが、必ずしも小生はその通りにしていない。なにしろお返しトラックバックしかしないのである。ということは、すでに相手は小生のブログを知っているわけだから返礼の意味だと了解がつくわけだ。ゆえに、リンクが貼られていないから怪しからん、などという苦情は一度も貰ったことがない。

自分からコメントやトラックバックをしないというのは、きわめて閉鎖的というか人嫌いというか、あるいは尊大である、孤高、唯我独尊・・・まあ、どうでもいいのであるが、いずれにしても自分の世界に入り込んで自己満足しているわけである。

ところで、久しぶりにtako氏のブログを開いて驚いた。

ウェブに情報を発信するということ

これである。

個人情報の問題はそれなりに気をつけているつもりだが、tako氏から見れば小生はかなり危険なことを書きまくっているのかもしれないという気がしてきた。

何といっても掃部山公園シリーズである。

これは取り返しがつかない。
横浜市在住というくらいでは三百五十万分の一であるから特定不能であろう。西区では九万分の一くらいであろうか? これも特定困難である。
さて、掃部山公園付近居住となると、どうであろうか?
あるいは公園によく出掛けている人物ということで特定可能か?
比較的大きな公園ではあるが・・・

う~ん、なんだか怖くなってきた。

tako氏にお伺いを立ててみようっと。

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2005.11.08

侃侃諤諤・喧喧囂囂

しばらく前にパソコンの調子が悪くてああだこうだと書いていたらアドバイスをくださった方がいた。

そのうちのお一人がすっかり忘れた頃にコメントを寄せてくださった。
おそらくは、のど元過ぎれば熱さ忘れる、との格言どおりそろそろ小生が油断をしてまた同じ失敗をしまいかと心配してくださったのだろうと思われる。これはありがたいことであるが、しょせんは切羽詰らないと何もしないのが小生の怠惰なところであって、実際のところアドバイスされても実行しようとの意欲がまったくない。ひどいものである。

小生はコメントやトラックバックをくださった方々のブログを時たま偵察に行くことがある。しかし、失礼ながらkazabana氏のブログは専門的過ぎて、やや敬遠していたのである。何を隠そう、アドバイスをくださった方の一人がこのkazabana氏である。まったく恩知らずもいいところだ。

いずれにしても今回、ふたたび氏のブログをのぞいてみた。
そうしたところ、ちょうどタイミングよく小生のような初心者にもわかりやすく、しかも興味深いテーマのことが語られていたのである。

スパム対策の記事からトラックバックスパム?

というタイトルであるが、続いて次のような文章が書かれている。

「迷惑メール(スパムメール)対策の記事からトラックバックもらったけど、記事内に該当記事のURLが載ってなくてトラックバックスパムになってるよ」と指摘したら、リンクURLとトラックバックで指摘したらなぜかこちらからのトラックバックを消されてしまったので、それってまずいのでは?と言ってみる、という話(ながっ!)。

小生のような初心者には話がなかなか見えてこない。以下、事細かに文章が続いていくのだが、とりわけ次の一文が重要である。

一般的に、トラックバック元の記事にトラックバック先の記事へのリンクがないものはトラックバックスパムとみなされる。ユーザーの流れが一方的になり、相手側からトラフィックを稼ごうとしているとみなされるからだ。

恥ずかしながら、すぐには何を言っているのかわからなかった。この文章中には各所にリンクが貼ってある。いちおうすべて開いてみた。ようやく話が見えてきた。

どうやらトラックバックを送る時のマナーということで、今現在、大激論が交わされているようなのである。小生はまるで知らなかった。

まあ、しかし、先に、小生のような初心者にもわかりやすく興味深い云々と書いたけれども、人に説明できるほどのレベルには達していないので、興味のある方はリンク先をご覧になられたい。さらに文章中の各リンクを見ていけば、よく理解できると思う。

なお、リンク先には小生のコメントが入っているので、あわせてご覧いただきたい。

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2005.11.07

大容量化

このところ画像を毎日のように入れていた。

それはなんとなく文章を書くのが面倒くさくなってきたのと、それほど書きたいネタもないので、画像で誤魔化しておこうという意味があったのである。

しかし、画像も面倒ではあるのだ。
というのは、最初のうちはよくわからなかったので、デジカメで撮ったものをそのまま出していたのだが、これがべらぼうに容量を食うのだった。それでいちいち画像を縮小してから載せていた。それからさらにしばらく気がつかなかったことがある。
デフォルト設定のままで画像を挿入するとサムネイルと本画像の二枚がアップロードされてしまうのである。こちらで事前に画像を縮小しているので、それは無意味だし無駄である。それがしばらくわからなかった。それで画像をクリックするともうひとつの画像が出るのだけど、すでにサイズを縮小しているので実質的に同じサイズの画像が出るだけなので、いちいち<a>タグを自分で削除していたのだった。
まったく不便この上ない、なんとかならないものか・・・と思っていたら、何のことはない、カスタム設定の中にサムネイルを作らない選択肢があったのである。

そういうわけで、最初の頃の画像はやたらとデカイ。しばらくしてからは小さくしたけど、無意味なサムネイルがファイルにたくさん残っている。いずれは容量が満杯になる日が来ることだろう、その時に無駄なファイルを整理すれば、まだ少しはこのブログも続けられるだろう・・・と思っていた。

ところがである。
いつの間にか大容量化されていたのだった。

もう心配はない。後顧の憂いはまったくない。思う存分にやれる。

しかし、である。
はたしてこれだけの大容量を使い切れるのだろうか?
第一に、駄文といい駄写真といい、こんなものを延々と続けていていいのだろうか?
という根本的な疑問を懐かざるを得ない。

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2005.11.06

カモンヤマイトトンボ

46

そもそも小生のような素人カメラマンには、こんなにアップで撮れるわけがない。
もう晩秋であって冬は近い。トンボたちの生命力にもおのずと限界がある。カメラを近づけても逃げないのは、もはやそれだけの余力がないのであろう。

なお、これと赤とんぼと金魚の写真は三日にまとめて撮ったものである。

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2005.11.05

カモンヤマアカトンボ

45

真に受ける人はいないだろうけど、タイトルを見ているとまるでそのような学術名のトンボがいるみたいに思えてくるが、あくまで小生が勝手に名づけているだけである。

もう十一月だよね。赤とんぼって今頃までいるものなのだろうか? それともいわゆる異常気象の影響だろうか?

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2005.11.04

ダンネ~ン

44

今日は昼過ぎに公園に行って来た。

カモは一羽もいなかった。

ネコ君たちが・・・ということを書いたのだが、実はネコのせいばかりではなかった。小生がなるべくアップで撮ろうと思ってカモにプレッシャーを掛け過ぎたのである。

なるほど掃部山公園の池はカモにとってあまり住環境がよろしくないのだろう。ゆえにいちおうはこの池にも飛来するのだが、早々に住み心地の悪さをさとって他の場所に移動してしまうものと思われる。

しかし、カモは何を食べているのだろう?
金魚を食べている様子はなかったし、実際、金魚の数がそれほど減っているようには見えないのである。

いずれにしてもカモの撮影は失敗に終わった。残念。

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2005.11.03

いつのまにか動物写真館になっちゃった。

43

今日の昼前くらいに掃部山公園に行ったら、カモが二羽しかいなかった。
ネコ君たちがこうやって池の周りにたむろしているから、やっぱりカモも居心地がわるいのだと思う。

しかし最近こればっかだなあ、バッカだなあ、あれ? これは前にも使ったネタだった。

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2005.11.02

ついに撮影成功か?

42

これは五月に白幡池で撮影したものである。

東横線の白楽からわりに近い。

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2005.11.01

あたしたちは○○よ。

41

カモなのは間違いないけど、細かい種類まではわからない。

最新のニュースでアイガモから鳥インフルエンザが検出されたとか、されないとか・・・この二人(?)はアイガモではないようだ。

そうそう、これは五月に菊名池で撮ったものである。

どこだかの新聞社で月とコウノトリの合成写真が問題になっていたみたいだし、ちゃんと書いておかないとまるでカモンヤマガモの撮影に成功したみたいに誤解されそうだからね。

ちなみに菊名池は菊名ではなく、東横線の妙蓮寺に近い。

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