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2005.12.31

銭湯と鳩サブレーの関係

なにやら意味深なタイトルである。

三ツ境にさくら湯という銭湯がある。おそらくはスーパー銭湯の先駆け的な銭湯といえるだろう。ここではじめて「鳩サブレー」に遭遇した。
小生はサウナに凝っていた時期がある。それでサウナのある銭湯ばかりを好んで入りまくっていたのである。さくら湯にもサウナがある。というより、スーパー銭湯だからいろいろあるわけだが、ようは一般の銭湯料金の入浴者とサウナ入浴者の区別をどのようにつけるかが問題なのである。昔の番台形式であれば、例えばサウナ入浴は一般料金にプラス百円だとか二百円ということで番台に支払って入浴するが、番台から見えるから無銭入浴(?)はできないわけである。ところがフロント形式だと見えないから、料金を払わずに黙ってサウナに入ってしまう不届き者・・・なるほど文字通り不届きであるが、そういう不逞なヤツがいると困るわけである。
それでどうしたかというと、鳩サブレーが登場するのである。もちろんこれは小生の勝手な命名であり、正式には何というのだろう、まあ鍵の一種であることは間違いない。サウナのドアには取っ手がないのだ。どうやって開けるかというと、その鳩サブレーみたいな形をした鍵をドアに引っ掛けて開けるのである。ちょうどその引っ掛かりになる細長い鍵穴があって、そこに鳩サブレーを挿しいれてそれをとって代わりにして開けるのである。そんなわけで、鍵というほどのこともない。

小生はこのさくら湯で、はじめてこの形式に遭遇して、最初は使い方がわからなかったので、今でもそのことが記憶に残っているのである。

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2005.12.30

銭湯といえば番台であるが・・・

現代の銭湯には矛盾がある。

かつては銭湯といえば、番台だった。ところが今はフロント形式が一般的になっている。おそらく新築の銭湯で番台というのはないだろうと思う。すべてフロントである。
これの意味はなんだろうか? 着替えているところや裸を見られるのがイヤだという人が多いことが理由かもしれない。
古い銭湯の改装工事といえば、必ずといっていいほど番台からフロントへの切り替えが行われている。理由は定かでないにしても、やはりフロントのほうが人気があるのは間違いないだろう。

しかし、小生は番台の銭湯も嫌いじゃない。古い銭湯が改装してフロント形式になると、よくないことがある。脱衣所が狭くなるのである。
早い話、番台形式の銭湯は脱衣所と風呂場だけであるが、フロント形式ということは、他にロビーのようなものを造らなければならない。古い銭湯にはもともとそのようなスペースがないわけだから、必然的に脱衣所の一部がフロント兼ロビーに改装されるのである。
もともと番台だったものからフロントにするというのは、少し無理をしている感じがするのである。広々とした脱衣所のよさが失われるデメリットも大きいだろう。

昨日は、狭い銭湯を広くする方法というタイトルで書いたのだが、番台からフロントに転換することは、狭い銭湯をますます狭くすることになるからよくないのである。

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2005.12.29

狭い銭湯を広くする方法

通常、銭湯は男女が左右に分かれている。しかし、近年は上下に分かれている銭湯も増えてきた。これは画期的なことである。

前に、現代銭湯では駐車場が必須要件である、と書いた。
どうやって駐車場のスペースを造るかといえば、二階建てにするわけである。一階を駐車場にして、二階に銭湯を造る。ともかく、もともと過密な場所にあるのが銭湯であるから、横に広げることはできないので、自然とそのような銭湯が増えてきたのである。

しかし、駐車場のない銭湯もある、と書いた。東白楽の徳の湯がそうである。この銭湯はその昔、えらい狭い銭湯だった。近年、建て替えられたのだが、同じスペースではとても魅力的な銭湯は造れないということだったのだろう、それで一階と二階に銭湯を造って、これをデイシフトにしたわけである。デイシフトのメリットは二つの銭湯を楽しめることだと書いた。さらに上下にすることのメリットは、従来のように左右に分かれていると半分のスペースしか使えなかった、それが上下にすることでスペースを丸々確保できるわけなのである。
ゆえに、徳の湯は駐車場すらないけど、銭湯そのものはひじょうに設備が充実していて魅力的である。

他には、鶴見区馬場にある喜久の湯が上下に分かれている銭湯である。こちらはやや郊外のためか、多少土地に余裕があって、建物の周りに駐車場が十台分くらいある。

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2005.12.28

しのぶ湯

昨日、しのぶ湯について、左右の広さが異なることを書いたのだが、これは少々ややこしい話である。

というのは、昔は左右が固定だった。しのぶ湯では左側が広いので、昔はこちら側が男湯だったと思われる。小生は改装後しか知らないので推測で書いているけど、ほぼ間違いないだろう。
改装といっても建物の内部だけであり、もともとの左右の比率は変わっていないようである。そして両方にサウナを新設した。露天風呂はスペース的に左側しか造れなかった。

なぜに男湯の面積が広いのか、これが問題である。単純に男の客が多くて女の客が少ないことを見越してのことだろうと思われる。

この銭湯は改装後、当然にデイシフトにしなければおかしいわけであるが、完全なデイシフトではない。変則的なシフトを取っている。
もう一度書くと、左側が広くてしかも露天風呂がある。
こちらが基本的に男湯であり、週に二日だったか、三日だったか、シフトして男女が入れ替わるのである。

しのぶ湯の露天風呂はけっこうよかった。
よかったと過去形にするのは、途中からよくなくなったからである。わりと広々していて、また目の前に風呂屋特有のあの煙突がそびえたっていて、なんとも情緒的だった。
ところが隣にマンションができたためであろうか、煙突を撤去してしまったのである。さらにはマンションから風呂をのぞかれないようにするためだろう、ほとんど屋根といってもいいくらいの目隠しをこさえてしまったのである。これでは露天風呂の意味がない。

なお、これはすでに三年以上前のことを記憶だけで書いているので、詳細は違っているかもしれないし、また、現在は状況が変わっているかもしれない。

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2005.12.27

デイシフトの銭湯

横浜の銭湯で最初にこれを始めたのはどこであろうか?

銭湯はいうまでもなく真ん中から左右に男湯と女湯に分かれている。デイシフトというのは日替わりのことであるが、ようは男湯と女湯が毎日入れ替わるのである。

これは画期的なことだった。

銭湯というは大概が街中のゴチャゴチャした場所にあって、まわりに余裕があるわけではない。敷地いっぱいに建っていることもある。拡張する余地がない。
そうすると設備の面で健康ランドのような郊外型のものには太刀打ちできなくなる。露天風呂を設けるのも大変なことであるし、いろいろな種類の風呂を用意することも難しい。

デイシフトはこれをくつがえす起死回生の策だった。

ようするに、左右の風呂をまったく異なるデザインでこさえるのである。そして日ごとに男湯と女湯を交替させれば、同じ銭湯でありながら二軒分の銭湯を楽しむことができるのである。
これだと露天風呂を片方しか造る余地がなかったとしても、問題にはならない。事実、露天風呂が片側しかない銭湯がある。

記念湯がそうだし、しのぶ湯(港北区)もそうである。

先に、銭湯は真ん中から左右に分かれていると書いたが、ど真ん中ではない場合もある。しのぶ湯がそれなのであるが、理由はおそらく男女の需要バランスに合わせたものだろう。

また、左右に分かれているのではなく、上下に分かれている銭湯もある。これもまた画期的なことだと思う。

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2005.12.26

現代銭湯の必須要件

銭湯のカテゴリーを作ってもいいくらい、このところ銭湯の話題ばかりやっている。しかしまた雑記帖よろしく、話が錯綜して読みづらくなっている。少しまとめればいいようなものだが、まあ、あくまで雑記帖だからこれでいいのである。

銭湯の生き残り戦術というか、生き残るための要件として駐車場の確保が求められるところである。

昨日の話では同地域に複数軒の銭湯があってどんどん廃業していき一軒のみになればその銭湯は繁盛する、というようなことを書いた。
けれども、お客のほうが大変なのである。自分の家から歩いてすぐの銭湯がつぶれてしまった。その隣の銭湯もつぶれてしまった。その隣の隣の銭湯も・・・というように、最悪の場合は自分の家からいちばん遠い銭湯が生き残ることもあるわけである。
当然のこと、歩いていける距離ではない。自転車であるとかバイクであるとか、さらには自動車で銭湯に通うようになる。

銭湯に駐車場が必要とされるゆえんである。

もちろん例外もある。
京急・戸部駅のほとんど駅前といってもいいくらいの場所にある記念湯であるとか、東横線・東白楽駅の真ん前の信号をわたった先にある徳の湯などはその好立地ゆえか駐車場がなくても繁盛している。(厳密にいうと記念湯には駐車場が一台だったか二台だったか、あるにはある。)

しかし、例外はあくまで例外であって、おおむね現代の銭湯は駐車場の確保が必須要件である。

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2005.12.25

銭湯の整理・統合

時代の流れの中で消えていった商売はいろいろある。
例えば牛乳屋さん。かつてはどこの町にもあった。しかし、どんどんなくなっていき、今では皆無といってもいいだろう。何も牛乳屋さんでなければ牛乳を買ってはいけない決まりがあるわけではない。今はスーパーやコンビニで買えるわけである。その意味では他の商売も年々厳しくなっているようである。何年か前に近所の豆腐屋さんが廃業した。よほど特色がなければ豆腐屋さんも厳しいのだ。

さて、銭湯であるが、これも年々減少傾向にあるようだ。
しかし、他の商売とはやや事情が異なる。

例えば、近くに銭湯が二軒あるとしよう。
一軒が廃業すると、残りの銭湯は息を吹き返すのである。家に風呂がない人は銭湯に行く。これは固定客である。牛乳や豆腐はどこでも手に入るだろうが、銭湯ばかりは代替になるものがない。
つまり、年々風呂なしアパートが減っていき、銭湯の需要がなくなっているとはいっても、お客がパタリと来なくなるわけではないのだ。風呂なしの家に住んでいる人がいっぺんにいなくなることはまずない。徐々にいなくなる。で、二軒銭湯があったとして、徐々に客が減っていき、どちらかが倒れる。そうすると、銭湯はその地域に一軒しかなくなってしまうわけだから、客がその一軒に集中するわけである。

企業の統合・合併に似ているかもしれない。

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2005.12.24

日帰り温泉的な銭湯

銭湯とは何かといえば、公衆浴場のことである。

基本的には公衆浴場協同組合に加入しているところを銭湯といい、他は健康ランドであるとか、日帰り温泉、あるいは街中ではサウナという看板を掲げているものと考えていいだろう。

ところがスーパー銭湯なるものが流行ってきて、わけがわからなくなってきたのである。

さらにややこしいことを書いておこう。
銭湯でもどちらかというと健康ランドないし日帰り温泉に近いものが存在するのだ。

横浜における代表例が葛の湯と綱島温泉であろう。

はっきりいって葛の湯ほど辺鄙な場所にある銭湯はない。
そう、これは基本的に銭湯なのである。しかし、その昔は畑ばかりのようなところだった。近年になって市営地下鉄が出来て、踊場駅から徒歩で行けるとはいえ、必ずしも駅に近いわけではない。
どうしてこんなところに銭湯があるのか、よくわからない。
いずれにしても現在はスーパー銭湯として超有名どころである。

綱島温泉のほうは東横線の綱島駅からほど近く、綱島街道沿いの、にぎやかな場所にある。
こちらはスーパー銭湯という看板にはなっていないと思う。いかにも日帰り温泉という感じがするところである。
もっとも小生が綱島温泉に入ったのは、もうずいぶん昔の話であるが。

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2005.12.23

刺青とスーパー銭湯の相性

おとといの投稿では、サウナとスーパー銭湯について書いた。昨日は、健康ランドと銭湯について書いた。

話がややこしいけれども、分類の仕方によっては、サウナと健康ランドを共通項として銭湯を別立てにすることもできる。つまり、スーパー銭湯でもサウナ・健康ランド系と銭湯系という分け方もできるのだ。

これは何かというと、刺青入浴不可が前者であり、可が後者なのである。

ゆえに、スーパー銭湯でも最近建てられたものの大半は、刺青のある人の入浴を禁止している。従来からある銭湯系のスーパー銭湯は大丈夫である。

かつて小生は銭湯によく通ったものである。
そんなわけで刺青は見慣れているのであるが、しかし、最近の若者の刺青には違和感をおぼえる。刺青じゃないタトゥだ、というお叱りを受けるかもしれない。まあ、小生にはどっちでもいいことだ。ともかく昔のイメージではヤクザかそれに類する特殊な人たちしか刺青をしていなかったものである。ところが最近の若者はファッションとして刺青をしているらしいのである。

昔だったら、世間を狭くするからお止めなさい、と親に言われたものである。時代が変わったということか。まあ、個人の自由であるからこれ以上は書くまい。

ともかく彼らは銭湯系のスーパー銭湯には行けるがそれ以外のスーパー銭湯には行くことができない。
その意味では少しばかり世間を狭くしていることになるかもしれない。

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2005.12.22

スーパー銭湯の系譜

スーパー銭湯について、少し書いておきたい。

スーパー銭湯には二つの系統があると思う。
一つには、従来の銭湯がリニューアルしたもの。そしてもう一つは、いわゆる健康ランドの系譜である。

従来からの銭湯は激減した。風呂のある家が当たり前の時代であるから、需要が減ってしまったのは致し方のないことだった。
であるから、スーパー銭湯への転進は、いわば生き残りを懸けてのことだった。
これが案外に成功した。わりと横浜の中心部に近いところで有名どころは、鷲の湯であるとか、本牧ゆあそび館(旧・千代崎湯)あたりであろう。

逆に健康ランドはパッとしなくなった。
一時的に銭湯が盛り返してきたのである。本来、スーパー銭湯というのは、もともと銭湯だったところが改装時にバージョンアップしたものを言うのだった。
それに健康ランドはやられてしまった。
だが商売人は黙って指をくわえてはいないものだ。このところ各地に乱立しているスーパー銭湯は、健康ランドの廉価版みたいなものだと考えていい。
ようするに「銭湯」をパクッたのである。

そんなわけで、またしても銭湯は苦境に立たされている。

小生はかつて、横浜にある銭湯の踏破を目指していた。途中で飽きてしまって達成はしていないものの、それでも現存する銭湯の九割は入浴していると思う。

ゆえに銭湯にはやや思い入れがあるのだ。

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2005.12.21

スパとスーパーの相関関係

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サウナ・ニュージャパンといえば、横浜の代表的なサウナかもしれない。
ところがいつの間にか、スパ・ニュージャパンになっていた。
ようするにリニューアルしたのだろう。実質的には同じに違いない。

スーパー銭湯と呼ばれるものが乱立している。入浴料金だけならば大体のところが千円未満ということで、今の時代にはマッチングしているのだろう、どこも大盛況のようである。
逆に従来からあるサウナなどは入浴料金が平均二千円以上するので、客足が遠のいているのかもしれない。

もちろん両者はまったく同じというわけではない。
サウナではタオルから休憩用のガウンまですべて用意されている。手ぶらで行けるわけである。そして何度でも入浴できる。
スーパー銭湯のほうはタオル持参が原則であるし、入浴も一回限りである。電車でいえば途中下車無効みたいなものだ。

ゆえに、料金に差があるのは当然なのだが、純粋に入浴だけを楽しみたいのであれば、スーパー銭湯のほうがいいような気がする。もちろん人それぞれだ。

ちなみに、このビルの一階はかつてパチンコ屋だったが、現在は業務用スーパーになっている。

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2005.12.20

正体不明の昆虫

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十二月十四日に掃部山公園にて撮影。

もう真冬といってもいいだろう。この季節に虫がいるとは、ちょっとした驚きだった。

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2005.12.19

掃部山池凍結

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これは昨日の写真。
まだ三分の一ほど氷の張っていないところがあるけど、今朝は完全に氷っていた。
この池は終日ほとんど日が射さないから、寒さが続けばスケートができるレベルに達するかもしれない。

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2005.12.18

掃部山公園上空を飛ぶカラス

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青空がきれいだなあ。

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2005.12.17

岩國哲人氏の振る舞い

昨日の朝、横浜線の十日市場駅前で、民主党の岩國哲人氏が演説を行っていた。

はっきりいうが、小生は民主党を応援しているわけでもなければ、岩國氏を応援しているわけでもない。
所用があって十日市場に出掛けたところ、たまたま岩國氏の演説に遭遇しただけの話である。ゆえに、ちゃんと聴いていたわけではない。ああ、なんかやってるな、誰だろう・・・くらいの関心しかなかった。

しかし、途中でひじょうに感銘を受けたのだった。
失礼ながら演説の内容ではない。聞き流していたので内容はぜんぜん憶えていないのである。では何に感銘したのであろうか?

演説の途中で、駅の構内アナウンスが流れた、そのアナウンス中だけ岩國氏は演説を中断したのである。
なんだそんなことか、というなかれ。演説に熱中していると周囲が見えなくなるものである。また、氏は駅の構内で演説していたのではなく、駅前すなわち駅の外で演説していたのである。ゆえに、演説を中断しなくてもさして問題とはならなかっただろうし、国会議員ともなればオレのほうが偉いんだという意識から意地でも演説を続けたかもしれない。

いちばん手っ取り早くいえば、公共の秩序ということの基本を岩國氏はよくご存知なのであろう。
また、今年の冬はやけに寒い。横浜も例外ではない。特に早朝が寒いのはいうまでもないことだ。それにもかかわらず、このような街頭演説をよく行っているらしいのである。ここに政治へのひたむきさがあらわれているし、腰の低さも感じられるのである。

駅の構内アナウンスを優先させた、というだけの話であるが、小生には好感の持てる振る舞いだった。

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2005.12.16

最近はカラスばっか

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しかも意味不明。

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2005.12.15

カラスに襲いかかるハト

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逆ギレしたのか?

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2005.12.14

カラスの勝手じゃ済まないぞ!

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いつ頃のことか、どこの話か忘れてしまったが、あるところで花壇に植えられた花が一夜のうちにぜんぶ摘み取られていた。夜中にこんな悪さをするのは暴走族だろうと言われていたのだが、真相は違っていた。カラスの仕業だったのである。

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2005.12.13

カラスもシワス?

気がつけば今年もあとわずかである。早いものだ。

それにしても、今日あたりはめちゃめちゃ寒い。もはや外には出たくない。

ところがここにきて、カラスの動きが活発化している。本当なら写真を出したいところだが、なかなか撮らせてもらえないのである。なんだか知らないが、ずいぶん忙しいそうにしていて、こちらがカメラを向けてもじっとしていてくれないのだ。

カラスにも師走があるのだろうか?

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2005.12.12

横浜書店の思い出

日ノ出町の駅前にある本屋さんの名前である。

現在は、博文堂書店の横浜店という看板になっているが、レシートを見たら今も横浜書店と書かれていたので、実質的には変わっていないのかもしれない。

ここで文庫本を買うことが楽しみだった。
以前、有隣堂では文庫本のカバーがいろいろあって選べる、と書いたのであるが、この横浜書店ではカバーの種類こそないものの、カバーの掛け方が独特で、まさに職人芸のような趣きが感じられたものだった。
有隣堂のはただカラフルなだけで、カバーの機能としてはあまりよくない。ただ折り込んでいるだけなのである。だから早い話がずれてしまうのだ。
ところが横浜書店ではカバーを折り込むというより、はめ込むのである。それがまたものすごい早業であって、どうやっているのかついにわからなかった。

先日、久しぶりに横浜書店で文庫を買ったのであるが、今もちゃんとカバーをはめ込んでくれるものの、かつての職人芸のような手際のよさはなかった。
あるいはたまたま慣れていない店員だっただけで、今でもあの早業を駆使できる店員がいるのかもしれない。

しばらくしたら、また買いに行ってみよう。

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2005.12.11

新本牧公園のカラス

65

今度、新本牧公園にトイレができるそうだ。これはいいことである。

他にも工事のことがいろいろ書いてあって、腐朽の進んでいるヤマモモの木を伐採するとのこと。
今のうちに写真を撮っておこうと思ったのだが、どれがヤマモモなのかまったく見当がつかなかった。

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2005.12.10

キンクロハジロ

64

大岡川に行って来た。

これはキンクロハジロだと思う。他にホシハジロもいたし、もちろんカルガモもいた。

いちばん驚いたのはカモメである。
弘明寺商店街の手前くらいまで来ていた。こんなにも上流までやってくるものなのだろうか?
しかもこのカモメがいちばんすばしっこいのである。カモにエサをやっている人がいたけれども、瞬く間にカモメの集団がやってきて、カモの上前をはねていくのだった。カモは茫然自失というか手を拱いているというか、ともかく手も足も出ないありさまだった。

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2005.12.09

カルガモ日記?

今日、車で大岡川ぞいを走っていて、カルガモを発見した。
だいたい大岡小学校付近だった。カメラを持っていなかったのでそのまま素通りしたけれども、ひと目でカルガモだと判別できた。
実はついこの間まで、カモの種類などまったく知らなかったのである。ブログに掲載しておいて、それが何ガモかわからないようでは恥ずかしいので、少し調べてみた。最初はぜんぜん見分けがつかなかったけど、徐々にわかるようになってきた。
なるほど、何ごともまずは興味を持つことが大事なのだと、今さらながら思ったものである。

しかし、カテゴリーをなんとかしないといけない。さしずめこれはカルガモ日記となろうか?

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2005.12.08

雑記

今日は思い付きをそのまま書くのでひどい文章になるだろうが、気にしないことにする。

カテゴリーがデタラメである。特に横浜というカテゴリーがよろしくない。なんでもかんでも横浜にぶち込んでしまっている。これではカテゴリーの意味がない。
例えば掃部山公園シリーズはこれだけでひとつのカテゴリーを立ててもよかったくらいである。今からでもやればいいのだろうが、本当にやるかどうかはわからない。面倒くさいからである。

お菓子を食べながらパソコンをいじっている。これは個人の勝手である。会社だったら怒られるかもしれないし、共同使用者がいたらなおのこと怒られるだろう。お菓子を食べながらやっているためか、あるいは長年使っているためか、マウスといいキーボードといい、ベタベタになってきた。自分だけで使っているからいいものの、共同使用者がいたらぶっ飛ばされるだろう。

掃部山公園の話に戻って、どうやらカモは定着しなかったようである。いちばん多い時で二十羽以上を確認しているが、今は一羽もいない。もう戻ってきそうにない。
金魚がいなくなってしまった。この理由はよくわからない。前に、カモがぜんぶ食べつくしてしまうに違いない、などと書いたのであるが、これは大いなる誤解だった。カルガモはおもに草食なのである。金魚を食べることはないようである。ゆえに金魚だって安心していたのだろう、カルガモのそばをゆうゆうと泳いでいたものだった。
しかし、今は金魚もいないし、カモもいない。おそらくはアメリカザリガニがひそんでいるものと思われるが、これは撮影するのがむずかしいのである。ヘボな写真はあるのだが、ちょっと出したくない気分である。

野毛山公園に池がある。そこにカモがいた。もしかしたら掃部山公園にいたカモかもしれないが、しかし今日は二羽しかいなかった。残りの連中はどこにいったのだろうか?

野毛山動物園の中にある池は別格である。ここにはカルガモだけでなく、あらゆるカモ・ガンが生息している。もちろん飼育されているわけであるが、なかには外から飛んでくる水鳥もいるようである。飼育されているものか否かは脚につけてある標識の有無でわかる。掃部山公園にいたカモがまぎれているかどうか、ちょっと素人目にはわからなかった。

どこでも野良猫にエサをやる人がいるようである。そんなわけで猫も年々鋭さがなくなっているような気がする。自分でエサをとる能力が残っているのかどうか疑わしい。
また、子猫がエサを食べているところにはカラスがやってくる。子猫を襲うのだろうかと心配していたが、どうやらそうではなくて猫が食べているエサをねらっているらしいのである。飼い猫ならまだしも野良猫にいわゆる猫缶をやる人がいる。この猫用のエサというのがけっこううまいらしい。もちろんカラスにとってである。なるほど、さもありなんといったところであるが、味見をしたわけではないので真相はわからない。

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2005.12.07

上京という意識はないが・・・

今日、久しぶりに東京へ出掛けた。
カメラを持って行ったのであるが、一枚たりとも写真を撮らなかった。たまたまカメラを持って出掛けただけであって、別に何かを撮ろうと思っていたわけではなかった。で、結局は何も撮らなかった。

東京のデカさに圧倒されて撮れなかったということもあるが、ざっと見てツマラナイ・・・撮るべきものがない、というふうに感じたのも事実である。

何かしらテーマがないと、なかなかシャッターを切ることはできないものだと、あらためて感じたものだった。

それから小生には上京という意識はあまりない。
しかし、東京のデカさを見るにつけ、しょせん横浜は地方都市のひとつに過ぎないと、つくづく思ったものである。

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2005.12.06

相変わらす初心者

先月本を三冊買った。
そのうちの二冊がパソコン関係の本であるが、今日になってようやく読み終えた。

いろいろと新知識を得ることができた。
例えば、マウスを使っているうちは初心者の域を出ない、極力マウスを使わないで操作できるようになるべき、というようなことが書いてあった。
ようはキーボードだけで操作したほうがスピードが断然に速いということなのである。もちろん、そんなことはわかっているのであるが、なかなか憶えられなくて、結局はマウスに頼ってしまうのである。

今まで知らなかったことをひとつ書けば、ブラウザの左上に矢印があって、当然これは戻ると進むの意味である。BackSpaceキーを押しても戻れることは知っていた。けれども進む方法をキーボード上でどのように行うかがわからなかったのだ。
これはAltキーと同時に右矢印キーを押せばいいのである。

パソコンを始めてすでに三年近くにもなるというのに、まったくわれながら進歩の遅さにあきれてしまう。

しかし、マウスは捨てがたい。
だって、片手でお菓子をボリボリ食べながら操作できるんだもの。

ダメだこりゃ。

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2005.12.05

○○ザウルス?

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野毛山動物園にある恐竜をかたどったオブジェ・・・というのは間違いで、おそらくはキリンであろう。

もちろん本物のキリンもいる。

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2005.12.04

ペンギン

62

野毛山動物園のペンギン。

この一羽・・・数え方が正しいかどうかわからないが、ともかくこの一羽だけは自分の仕事を自覚しているようで、来客があるとこのようにピシッとしたポーズをとるのである。

あとの連中はゴロゴロ寝ているだけである。

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2005.12.03

不思議な一致

たった今、NHKでフィギアスケートを見ていたら、中野友加里選手が優勝した。
なんとその演目がドン・キホーテだった。

これは不思議である。

なぜならば小生の自宅にはテレビがない。たまたま食堂でテレビを見ていたのである。ゆえに自分が望んでその番組を見ていたわけではない。お店の人か、もしくは客の誰かがそれをリクエストしたのかもしれないが、そんなことは小生のあずかり知らぬことである。ゆえに何の気なしに見ていたのである。
そんなわけだから、中野友加里なる選手も今まで知らなかったくらいである。安藤だとか村主は知っていたが・・・

いずれにしても、昨日の段階でドン・キホーテのタイトルで投稿したことと、今のフィギアスケートの結果が結びつくなどとはまったく思いもしないことだった。

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2005.12.02

ドン・キホーテ

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宮川町3丁目の角にできた。といってもどこだかわからないだろう。

場外馬券売場の並び、かつてパチンコ屋だったところだ。

そういえば、野毛3丁目の角もパチンコ屋だったが、今は取り壊されて今度マンションが建つようである。
パチンコ産業も斜陽なのであろうか?

それにしてもここのドン・キホーテは、従来の郊外型とは違って駐車場がない。新山下のバンドホテルがあったところのドン・キホーテや新横浜のドン・キホーテ・・・横浜界隈では他に思い当たらないが、いずれにしてもドン・キホーテは車で買い物に行くイメージがある。

今度の店であるが、まさか京急・日ノ出町駅に近いからといって、わざわざ電車で買い物に来る人もそうはおるまい。

もっとも、潜在的に人の多いところであるし、とりわけ競馬の開催日には驚異的な混雑をきわめるところである。
ゆえに余計な心配には及ばないのかもしれない。

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2005.12.01

治屋書店

本日は回想録と失敗談である。

横浜には音楽通りというのがある。本町小学校の前の通りがそうであるが、ここに治屋書店という小さな本屋さんがあった。

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正確にはわからないが、八月いっぱいであろうか、もしかしたら九月の中旬くらいまではやっていたかもしれない。
本屋に限ったことではない、町の小さな店舗、とりわけ個人商店はどこもかしこも苦しいようである。

ちなみに音楽通りといっても音楽関係の店舗が軒を並べているわけではない。おそらく紅葉坂の音楽堂に通じる道の意味だろう。近くには動物園通りもある。

さて、大失敗の話。
いつもブログに写真を載せる時には、使う写真を元フォルダからブログ用のフォルダにコピーして、それから加工するのであるが、今日はうっかり元フォルダの写真をそのまま加工してしまった。元の写真は治屋書店の全体を捉えていた。人が写っていたので、マズイことになるかもしれないと思ってトリミングした。で、ご覧の写真になったのである。
何としたことか、治屋書店の写真はこれしかないのである。ケチって一枚しか撮らなかったのだ。まったく馬鹿である。もう取り返しがつかない。

うあああああああ、とさけびたい気分である。

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