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2006.01.31

倦怠期?

今年もすでに一ヶ月が過ぎてしまった。早いものである。

実はやろうと思っていたことがあるのだが、結局は何もしないで時間ばかりが過ぎてしまった。

小生には宿題があった。
それは旧東横線ガード下壁画群の続編である。これだけはどうしてもやらなければならないと思っていた。というのは、作品自註自解にも書いたように、記述に根本的な錯誤があったからである。それだけはどうしても訂正しなければならない。
しかし、やる気がしない。

最近になって工事が始まったようでもある。
東横線の跡地をどのようにするのか、こうした新しい動きについても調べて書いてみたいと思っていたのだが、これもやる気がしない。

壁画の上書き状況についても、・・・どういう意味かというと、一年前と今とでは壁画に変化がある、ようは上書きされてしまっている壁画がいくつもある、その割合がどの程度であるか、そしてどのような壁画が消されてしまったのか、新しい壁画の画風はどのようなものか、そうしたことも調べてみたいと思っていたが、やる気がしない。

結局は趣味でやっているに過ぎないから、やる気がなくなればそれまでなのである。

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2006.01.30

入れ子

いれ-こ【入れ子・入れ籠】〖名〗寸法のちがう同形の箱などを組み合わせ、大きなものに小さなものが順々に重なって収まるようにしたもの。また、そのような仕組みや構造であること。「―の重箱」

明鏡国語辞典から引用した。

日常生活の中で言葉を習得していく場合、経験的におぼえていくものであるから、辞書とは違ったイメージで捉えてしまっている言葉がけっこうあるはずだ。
また逆に、今までちゃんと辞書で調べたことはなかったけれども、調べてみたらほぼ自分のイメージどおりの説明だったということもある。

小生は入れ子をいわゆるIT用語だと思っていたので、わざわざ国語辞典で調べることをしていなかった。
今回、はじめて調べてみて、箱というのはわからなかったけれども、仕組みや構造という意味では自分のイメージどおりだったので一安心したものだった。

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2006.01.29

伝承の昆布つゆ

原材料名・・・しょうゆ(本醸造)(大豆(遺伝子組換えでない)、小麦を含む)、風味原料(こんぶエキス、かつおぶしエキス)、果糖ぶどう糖液糖、食塩、酒精、調味料(アミノ酸等)

これはあるメーカーの「めんつゆ」に書かれていたものである。
最初に見たとき、カッコが入り組んでいるので、ややこしくて読みづらいと思った。今でもあまり美的ではないと思っている。

カッコの中にまたカッコがある。こういう場合、カッコの種類を変えるものである。例えば、「わたしは思わず『バカヤロウ』と叫んでしまった」とか、逆に『わたしは思わず「コノヤロウ」と叫んでしまった』という感じである。これが読みやすい文章というものだ。

カッコの中にカッコがある。こういうのを入れ子というのだが、小生はウェブサイトの勉強をするまで知らなかった。タグは入れ子にすることができると本に書いてあって、しばらくは何のことだかよくわからなかった。どうやら大カッコ・小カッコの関係らしいことがわかってきた。特にテーブルタグでは入れ子を活用することによって、よりダイナミックなウェブデザインを構成することができる、ということだった。

いずれにしても原材料名は読みやすさを問題としないのであろう。

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2006.01.28

「日本の箸」は面白かった。

 日本の家庭では、自分のお箸やお茶碗を持って、必ずそれを使って食事をすることなどは当たり前のような気もします。しかし、ナイフやフォークを使う欧米ではもちろんのこと、私たち同様にお箸を使う中国や韓国、ベトナムやタイなどでも、お箸は皆共用で、自分専用のいわゆる“マイ箸”を使う習慣は全くないようです。

ずっと前に、ウォークアット・ニフティのおかしな文章というのを書いたのだが、今回は逆にひじょうに感心した記事だったので、その一部を紹介させていただいた。

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2006.01.27

ホリエモンとは何ぞや?

小生は世事に疎い。例えばテレビで人気が出ているタレントなど、なかなか名前と顔が一致しない。ようやく覚えた頃には、そのタレントのブームが去ってしまって、場合によっては消えてしまっていることもあるくらいである。
であるから、堀江某なる人物がずいぶん脚光を浴びたものだが、いったい何者なのか、未だによくわからない。

ということを、昨年の七月五日に書いた。その時のタイトルは、ライブドアとは何ぞや? である。

ある意味、予言が当たってしまった。ようはホリエモンはタレントみたいなものである。そして彼のブームはもう終焉を迎えようとしているわけなのである。

プロ野球への新規参入で楽天と競っていた頃は、まだ顔と名前が一致しなかった。フジテレビの買収問題の頃になって、ようやく彼の顔をおぼえた。昨年の衆院選で静香ちゃんの選挙区に乗り込んで戦っていた頃はすっかり顔をおぼえたものであるが、それも遠い昔のことのように感じられる。

しかし、どうなんだろう?
素人なのでよく知らないが、刑務所に入るようなレベルの犯罪ではないだろう。ようは社会的に名前が売れ過ぎてしまっているからこそ、その反動が大きいということではないのか? 俗に出る杭は打たれるというヤツである。

いずれにしてもインターネットなどというものは、まさに虚業そのものである。砂上の楼閣、あるいは蜃気楼のごときものかもしれない。

泡銭とか悪銭という言葉がある。
インターネット関連企業がすべてそうだとは思わないが、やはりどうしても地に足が着いていないという気がしてならないのである。

しかし、ホリエモンはこの程度で終わる人物ではないだろう。まだ若いのだから、これから再起に向けて頑張ってもらいたいと思う。

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2006.01.26

野毛山公園付近の謎の貼り紙

76

不思議なことに、この貼り紙は野毛山公園付近にある。後ろのフェンスはすなわち動物園の柵である。

掃部山公園での出来事なのに、なぜわざわざ野毛山公園付近の電柱に掲示するのであろうか? 謎である。

ちなみに小生はカメラを持って彼らを追っかけ回しているのだが、まさかそれを虐待だといっているわけではあるまい。

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2006.01.25

気がつけば一年

気がつけば、すでに一年が経っていた。

当ブログと、そして自作サイトを、昨年の一月二十日に開始したのであるが、うっかりこの記念すべき日を忘れていた。
ちょうど、うああ・・・などと雄たけび(?)をあげた日がそうだったのだ。なんというマヌケなことだろう。

まだ、やるべきことが残っているとは思っているのだが、どうもやる気がしなくなってきた。ブログの更新もかったるいし、自作サイトのほうも情熱を失ってしまって、まったく更新していない。

もうダメかもしれないな。

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2006.01.24

「ネコはこたつで丸くなる」はウソだった!

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大雪で気がかりだったことは、カモンヤマネコたちの消息である。
彼らはノラ猫であるが、野生の猫といってもおかしくない。なにしろ山が彼らのフィールドなのである。特に巣のようなものは作らないで、そこらにゴロ寝しているようなのである。雨はもちろんのこと、とりわけ先日の雪は相当に堪えたと思う。

どうやら無事だったようである。もともと何匹いるのかわかっていないが、少なくとも昨日は六匹確認した。人間が思っているほどヤワじゃないようである。

しかし、彼らは何を食っているのだろう?
人間からエサを貰っている。これ以外に考えられない。その点では完全な野生とはいえない。

そういえば、最近は野良犬というのを見かけなくなった。野良猫はそこらじゅうにいるけど野良犬はいない。
この違いは何であろうか?

ちなみに上の写真は一月三日のものである。

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2006.01.23

翌々日の掃部山公園

74

雪景色を思う存分に撮影しようと目論んでいたところ、あいにくにも仕事が重なってしまってその余裕がなかった。

もっとも仮に仕事がなかったとしても、寒さに負けておもてには出なかったかもしれない。
今年の寒さは異常である。

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2006.01.22

お粗末投稿の言い訳

小生はこれまで、自分の職業についてはいっさい語っていないはずである。
人にいえないヤバイ仕事をしているわけではないが、少々考えるところがあって、このブログでは書かないで来たのである。

そういうわけで、いまだ仕事については書くつもりはないのであるが、一昨日と昨日の投稿がひじょうにお粗末というか投げやりというか、実際は時間がなくて書けなかったわけであるが、ともかくその理由を少しばかり書いておこうと思う。

実は寒空の中、終日そとで仕事をしていたのである。一昨日はまだましだった。昨日がひどかった。なにしろあの大雪である。降雪の中、終日野外で仕事をしていた。しかも朝の八時ごろより夜の八時ごろまでずっとである。これは異常だ。

さすがにブログの更新などにかまっていられるほどの精神的余裕はなかった・・・というのがお粗末投稿の理由である。

当ブログの読者が、この人はいったい何の仕事をやってんだろうと、あるいはそんな疑問を持つかもしれない。
それについてはとうぶん書かないが、ともかく小生は、いったい何でこんな仕事をやってんだろうと、自分で思ったりする。

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2006.01.21

ぎょえええええええええええええ

今日も時間がなくなってしまった・・・いや、まだ一時間あるのだが、もう書く気がしない。

今日の横浜は大雪だった。

大雪のため休業します・・・ってことにしよう。

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2006.01.20

うああああああああああああああ

今日は時間がなくなってしまった。

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2006.01.19

銭湯にバスタオルを持って行くのはナンセンスである。

風呂なしアパートに住んでいた時は銭湯に行くこと以外に身体を洗うすべがなかった。コインシャワーもあるが例えば仕事などで夜遅くなって銭湯がしまっている時などに利用することはあっても、積極的に利用したいと思うことはなかった。そして家に風呂がある現在は、コインシャワーを使うことは皆無である。

そういうわけで今は純粋に趣味で銭湯を楽しむ境遇なのであるが、めっきり銭湯には行かなくなってしまった。それは趣味が変わったから・・・ということを昨日は書いたのである。

もうひとつの理由は、最近の入浴者はマナーを知らない。それを見ていると腹が立つ。ともかくいいオヤジが銭湯の入り方を知らないのである。これはもう、どうしようもないであろう。

銭湯に行って、湯上りにバスタオルで身体を拭くなどは、邪道の最たるものである。
いやいや、別にいいのである。それは人の勝手である。しかし、バスタオルをどこに置いてあるかといえば、ロッカーの中である。これはほとんどがそうであろう。ようするに、風呂から上がって脱衣所に戻ってくる時に、濡れたまま戻ってくるのである。一人や二人の話ではない、何十人もの人間がそうやっていると脱衣所が水浸しになってしまうのである。

風呂から出て脱衣所に入る時には、身体をよく拭いていなければならない。これはかつての銭湯では常識だった。小生も若い頃はわからなかったが、自然とそれが身についていた。なぜならば、みんながそうしていたからである。ともかくバスタオルなんかで身体を拭く人はいなかった。風呂場で使ったフェイスタオルでうまく拭くのである。

これが今はできていないのである。しかも、ヘタすると五十六十のオヤジができないのである。
おそらくは子供の頃から銭湯などとは無縁の生活をしていたのであろう。そして今はスーパー銭湯ブームに乗って入浴しに来るわけであるが、いかんせん年はいい年であっても初心者なのである。
オマケに困ったことには、スーパー銭湯あたりではお客様は神様であって、注意されることはないのである。ともかく係りの人が年がら年中、脱衣所の床を拭いてまわっているのだ。

そんなわけで、腹が立つから行かなくなった、というのも理由のひとつなのである。

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2006.01.18

銭湯の話題もそろそろネタ切れ

最近はまったく銭湯に行っていない。

その理由は何かというと、趣味が変わったから、ということかもしれない。

ひと頃はサウナに凝って、行けば半日近く粘ったこともある。普通の人がサウナで何キロ減量するかは知らないが、小生はだいたい三キロくらいを目標にしていたものだった。もちろんその日の体調などで長く入浴できない時もある。それでも二キロは落としていただろう。

そうすると、ビールがうまいのである。
つまり、小生の場合はダイエットなどという気はさらさらなくて、ビールをおいしく飲みたいがためといっても過言ではなかった。ゆえに体重はほとんど変わらなかった。
逆にいうと、それだけの新陳代謝をしているわけで、身体の調子はひじょうによかった記憶がある。

趣味が変わった。
ようはパソコンにかじりつくようになったのである。サウナのために半日潰すくらいなら、パソコンをやっていたほうが価値がある、というふうに考えるようになったのだ。

しかし、本当に価値があるかどうかはわからない。
サウナないし銭湯に行かなくなったということは、新陳代謝しなくなったということだ。夏場はともかく冬場はほとんど汗をかかなくなったのである。これはある意味、身体にとっては劇的な変化であろう。

いったい自分の身体が、今後どういうことになるか、予想がつかない。

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2006.01.17

たかが水風呂、されど水風呂

サウナといえば水風呂がセットのようなものである。

鎌倉館はサウナや露天風呂があってしかも無料だったので人気があった。唯一、残念だったことは水風呂がなかったことである。まあ、しかし、今は鎌倉館そのものがなくなってしまったので、詮無い話である。

昔の銭湯はやたらに湯が熱かったような気がする。そしてそれを水でうめようものなら叱られたものである。どうも最近の銭湯はそれほどには熱くないのである。これはなぜだろう?
おそらくは保健衛生上の問題があったのだろうと思う。
ぬるい湯はバイキンがうじゃうじゃいそうな感じがする。熱い湯ではさすがのバイキンも繁殖できないに違いない。今は湯を循環させて、途中でろ過をするようなシステムになっているのだと思う。これでバイキンの繁殖を防いでいるので、あまり熱くなくてもいいことになったのだろう。
ともかく昔は四十二度が基準だったはずである。今は四十度や三十九度という、ぬる湯がけっこう幅を利かせていると思う。

実は水風呂も同じことがいえるのである。
水風呂に水を入れると叱られるのだ。なぜならば、水風呂というのは正確には冷水風呂というべきで、冷水器のようなもので冷やしているのである。当然、循環させて、ろ過もしているはずである。
考えてみれば、ただの水であったならば、これほどの不衛生もないだろう。つねにじゃんじゃんと水を出しっぱなしにしていれば話は別であるが、ただ単に水を張ってあるだけだったら、それこそ昔の言い方をすればボウフラがわくというものである。
ゆえに、循環させて、ろ過をしているはずである。そしてそのままではぬるくなってしまう・・・ここでいう「ぬるい」は冷たくなくなってしまうという意味であるが、そういうわけだから、わざわざ冷やしているのである。

冷水風呂がぬるかったら話にならない。やはりキンキンに冷えた水風呂でなければ、サウナの醍醐味が半減するというものである。
といっても十七度くらいが標準であろうか、あんまり冷た過ぎても身体によくないだろうし・・・

個人的には本牧ゆあそび館の水風呂が好きである。

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2006.01.16

サウナの思い出

サウナは大別すると二種類あるように思う。フィンランドサウナと遠赤外線サウナである。

いずれも基本的にはストーブを焚いているようなものであるが、フィンランド式はストーブの上に石を置いてある。特殊な石なのかどうかはわからない。おそらく石焼芋と同じような意味があるのだろうと思う。石焼芋はまんべんなく火が通るので焼きムラがない。それと同じように身体全体を平均に熱することができるのだろう。
考えてみれば焚き火にあたるにしてもストーブにあたるにしても、あたっている面は熱くなるけど他の部分は寒いのである。ゆえに焚き火では裏にしたり表にしたりと身体の向きを頻繁に変えないといけない。これでは魚を焼いているようなものだ。

遠赤外線式というのは構造はよくわからないが、フィンランド式よりもすぐれているらしい。大抵は説明の看板がついていて、遠赤外線の輻射熱効果がどうたらこうたら書かれている。魚焼き器にしてもオーブンにしても遠赤外線のどうたらこうたらを売りにしている製品をよく目にする。ようは遠赤外線なるものがすぐれているのであろう。
説明にはサウナ室内での温度分布が比較的に均一であるとも書かれている。常識ではあるが、サウナ室でも温度が高いのは上のほうであり、低いのは下のほうである。大きなサウナだと階段室みたいになっていて、熱いのが苦手の人は下のほうに陣取ればいいし、熱いのが好きな人はいちばん上に座ればいいのである。
遠赤外線サウナではその温度差が少ないという。極端な話、座った状態で頭はものすごく熱いのに足もとが涼しいようでは困る。やはりまんべんなく身体を温めたいのであるから、温度差が少ないほうがいいのだろう。

ただし、小生の実感ではフィンランドサウナと遠赤外線サウナに、それほどの差は感じられない。感受性が鈍いだけかもしれないが。

そうそう、遠赤外線サウナは輻射熱効果で、二十度ばかりのプラスアルファがあると書いてあった。
仮に九十度だったとしても効果としては百十度のサウナと同じなのだそうである。やや低めの温度であっても効果はかくのごとしであるから、無理しないで長時間入浴できる、髪の毛が痛まない、などのことが書かれていたと思う。
なるほど湯船にしてもぬるめの湯に長く入ったほうがよいともいわれているから、同じことなのかもしれない。

サウナのある銭湯をざっと思い出してみると、遠赤外線サウナのほうが圧倒的に多いと思う。
けれどもフィンランド式だって捨てたもんじゃない。
横浜の銭湯の中ではトップクラスの人気があると思しき、鷲の湯はフィンランド式であるし、川崎区の中島湯もそうである。今はなくなってしまったが、鎌倉館もそうだったのである。

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2006.01.15

無料のコインロッカー

たった今、ニフティの検索窓に「無料のコインロッカー」を入力してみたところ、八十八件のヒットがあった。これは面白いことだ。

本来なら語義矛盾ともいうべきところだが、誰しも意味するところは了解できるだろう。図書館などの公共施設には当たり前のように設置されているからである。

このところ銭湯の話題ばかりやっている。
今日もそうなのであるが、銭湯が番台形式からフロント形式に移行してきたことによる必然的な変化がロッカーの使い方である。

昔の銭湯では、ロッカーにはすべて鍵がささっていて、番台で入浴料金を払えばあとは好きなロッカーを使えたのである。もちろんロッカーは無料である。
ところがフロント形式になってから激変したと思う。ようはロッカー荒しが出てきたのだ。
番台からは、脱衣所はもちろん風呂場までも見渡すことができるので、案外にすぐれた監視システムだったのである。それがフロントに変わって、いわば死角が増えてしまい、それにつけ込んで悪さをする人が出てきたのだ。

自分の好きな番号の鍵を持ち帰ってしまう人がいる。自分専用にしてしまうのである。これはこれで迷惑な話であるが、さらに悪質になるとその鍵をコピーしてきて、元通りに鍵をさして置くのである。
別の人が知らないでそのロッカーを使うと大変なことになる。しっかりと鍵をかけて入浴したにもかかわらず、風呂から戻ってみるとロッカーの中身がカラッポになっている、もしくは現金や貴重品などが抜かれている、という盗難事件に見舞われるわけである。

そういうわけで、フロント形式の銭湯では鍵をすべてフロントに集めて入浴料金と引き換えに鍵を渡すようにしている。ホテルとほとんど同じである。
さらにはフロントに下駄箱の鍵を預けるところもある。つまり、帰りにロッカーの鍵と下駄箱の鍵を引き換えるようにして、鍵の持ち帰りを不可能にしているのである。

これはこれで相当の効果がある。しかし、好きなロッカーを選べないという欠点がある。

そこで登場したのが無料のコインロッカーである。
百円硬貨を入れると鍵が抜けるようになっていて、最後に鍵を開けると再び硬貨が返却されるようになっている。
まさかこの鍵を持ち帰る人はいないだろう。実質的に損得はないけれども、さしあたっては百円硬貨を投入しないと鍵を持ち帰れないので、心理的に損した気分になるからだ。

スーパー銭湯にはこの形式のロッカーが多い。
面白いことに、というか利用客の絶対数が多いからであろうか、このロッカーを有料ロッカーと勘違いしてか、あるいはうっかり忘れてか、返却される硬貨を取らずに帰ってしまう客がけっこういるのである。
逆にいうと、この手の娯楽施設というのは何かにつけてお金を取るシステムになっているものだから、スーパー銭湯も同様だと思い込んでいるのかもしれない。

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2006.01.14

洗髪料金とは?

その昔、銭湯には入浴料の他に、洗髪料というのがあった。

もう、ずいぶん前のことなので記憶がはっきりしないが、入浴料が二百円だとして二十円か三十円を別料金として取っていたと思う。
番台で入浴料を払うときに洗髪しますと断って二十円を余計に払うわけである。

しかし、小生ははじめの頃は真面目に払っていたけれども、途中から払わなくなってしまった。文句をいわれることはまずないからである。お客の多い銭湯ではいちいち文句をいわないのである。ゆえに誰も払わなくなってきた。

しかもフロント形式の銭湯に移行しつつあった。
さすがにフロント形式になると、風呂場までは目が届かないので、洗髪料など徴収しようがなかった。
おそらくそうした時代の流れによって、洗髪料は消滅してしまったのだろう。

前に、サウナ入浴は鳩サブレーで選別するのだと書いたけれども、洗髪料ばかりはいわば申告制なので他に有効な方法はないだろう。

ところが今でも都道府県によっては、洗髪料を取っているところがあるらしいのだ。
これにはびっくりである。

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2006.01.13

代官坂トンネル

たった今、時効警察なる風変わりなドラマを見ていたら、なにやら見覚えのあるトンネルが映っていた。以上

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2006.01.12

銭湯における最低限の決まり

銭湯の入り方にはこれといった決まりがあるわけではなく、好きなように入ればいいのである。

だが、最低限のルールは守らないといけない。
いわゆる下湯を使うのが決まりである。これは何かというと、湯船に入る前には局部に湯をかけて汚れを流すのである。
本当は、身体を洗ってから入浴してください、というのが建前である。しかし、そんなことをする人はあんまりいない。
下湯すら使わない人がいる。掛け湯といって、身体全体にざっと湯をかけるのである。これのほうが下湯よりいいようなものだが、小生の印象では身体を清潔にしてから湯船に入るという意味よりも、湯に身体を慣らす意味のほうが強いように感じられるのである。

それから前にも書いたがタオルを湯船に浸けてはいけない。
しかし、これもあまり守られていない。仕方がないとは思う。水着をつけて入浴するよりははるかにマシであろう。

放尿してはいけない。
当たり前である。しかし、湯船の中で放尿しないけれども、洗い場でする人はいる。かくいう小生もそのクチである。案外にこれは許されているような気がする。さすがに放糞(?)する人はあんまりいない。

洗濯してはいけない。
これはさすがにやっている人を見たことないが、注意書きに書かれていたりするからマレには洗濯する人がいるのかもしれない。

実は小生、フェイスタオルを常時二本用意していて、これは一度たりとも洗濯したことがないのである。どういうことかというと、入浴時にそれで身体を洗うわけだが、その後すすいでからそのまま干すのである。干している間にもう一本のタオルを生活のもろもろの場面で使う、そして一日の最後に入浴する、そのタオルで身体を洗う、すすいで干す。そうすると、前日の入浴後に干しておいたタオルがちょうど乾いていて使えるわけである。
このサイクルで使っていると洗濯する必要がない。

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2006.01.11

銭湯における無意味な動作

銭湯の入り方というのは特に決まりがあるわけではない。子供の頃から入っている人は自然とおぼえていくものである。前にも話したが水をじゃんじゃん出して叱られたりして学習していくのである。

昨日、ロッカーのない銭湯があると話した。
大きな丸いカゴに脱いだものを入れるのだが、おおむねそれは竹製だったと思う。あるいは籐だとかその他のものもあったかもしれない。

これも学習効果であろうか、服を脱いでカゴに入れる前に、必ずといっていいほど誰もが同じ行動をとる。カゴを一度ひっくり返して、床に打ちつけるのである。おそらくゴミをはらう意味があるのだろう。

だが、どうだろう。
小生はあんまり意味がないと思う。カゴの目は粗いのである。ゴミが溜まろうわけがないのだ。ゆえに小生はやったことがない。目視してゴミがあれば取り除けばいいのである。わざわざひっくり返す必要はない。まあ、やりたい人はやればいいだろう、人の勝手である。

ところがこれを禁止している銭湯があった。どこだったか忘れてしまったが、ちゃんと注意書きにして張り紙がしてあるのだ。床がキズになるからと書いてあったと思う。確かにその銭湯は床がピカピカだった。

そういえば風呂場でもタイルをたたいてはいけないという銭湯があった。確かタイルが割れるからという理由だったはずであるが、これもどこの銭湯だか記憶がはっきりしない。

おそらく銭湯に馴染みのない人は、「タイルをたたく」という意味がわからないだろう。
これは桶ないし洗面器を打ちつけるわけである。例のカゴを打ちつけるのとはやや意味が違って、この場合は水切りをするためである。いちばん最後、風呂から出る時に桶のしずくを払う意味があったのだと思うが、小生などはクセになってしまってどうでもいい時にやたらと桶をたたいていたような記憶がある。

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2006.01.10

「うんてい」のある銭湯

銭湯の脱衣所に必ずあるものとは?

ロッカーはあるだろう。しかし昔の銭湯ではないところもある。丸い大きな竹籠に服を脱ぎ捨てるのである。

体重計。これは絶対になければならないわけではないが、まあ、ほとんどの銭湯にあるだろう。裸の状態で体重を計るのがいちばん正確だから、なるほど理に適っているのだろうと思う。

ぶら下がり健康器。
これは現代銭湯では、ほとんど見られないかもしれない。ちょっと古めの銭湯に置かれていると思われる。
ブームの時期があったのである。家にあったという人も少なくないだろう。だが、いずれは邪魔物扱いになり、洗濯物を吊るしたり、ハンガー掛けのような役割に転用される運命にあった。
銭湯ではいちおう元来の用途どおりに使われていたと思う。誰かしらは必ず利用していたものである。ゆえにそれなりの価値はあったと思う。

マッサージ器。これは有料(ごく稀に無料の銭湯もある)なので上記のものとは別に考えないといけないだろうが、これも銭湯には欠かせないアイテムかもしれない。

さて、脱衣所の話をしていたわけだが、風呂場の中にぶら下がり健康器のある銭湯も存在する。
徳の湯がそうである。一階と二階に風呂があって日替わりで男女が入れ替わる、いわゆるデイシフトの銭湯であるが、どちらにあったものか記憶がはっきりしない。片一方にしかなかったと思う。

さらには「うんてい」のある銭湯が存在する。うんていは雲梯と書くのだと思うが、本牧ゆあそび館の右側のロイヤルルームにあったはずである。ただ名前はうんていではなく、なにやらカタカナの名称がついていたと思う。
それから記念湯の右側(露天風呂は左側)にうんていがある。これは「うんてい」である。京急・戸部駅のホームから看板が見えるのだが、そこにちゃんと「うんてい」と書かれているから間違いない。

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2006.01.09

プールのある銭湯

よく知らないが・・・というのは一度も行ったことがないので、知らないのだが、水着をつけて入浴するようなところがあるのだそうである。
これのメリットは男女混浴ができることである。プールと同じようなものと考えていいだろう。しかし小生は行く気がまったくしない。プールは当然としても、なぜに風呂に入るために水着を着なければいけないのか、それがわからない。

ちなみに銭湯で水着をつけていたら、かえって叱られるであろう。
実際、若い男が何ゆえか、恥ずかしいからなのか、パンツを脱がずに風呂場に向かおうとして番台のおばちゃんに注意されているのを目撃したことがある。
小生が思うに、皆がフルチンで入浴しているのに一人だけパンツを穿いていたら逆に恥ずかしいのではないか?

ともかく銭湯では衛生上の決まりなのであろう、衣服を着て入浴してはいけないのである。タオルすら湯船に入れてはならないと書かれている。残念ながらこれはあまり守られていない、局部を隠すために腰にタオルを巻いたまま入る人が少なくないのである。

さて、プールではやったことがないので断言できないが、おそらくフルチンで泳いでいたら叱られるだろう。
しかし小生はフルチンで泳いだことがある。

実はプール付きの銭湯というのがあるのだ。
ここはあくまで銭湯なのでフルチンでなければならない。フルチンで泳ぐことなど普通は体験できないのだが、ここではフルチンでなければ入れないのだから必然的にフルチンで泳ぐことになる。これが気持ちいい。

考えてみれば大きな銭湯であれば、湯船で泳ごうと思えば泳げる。だが叱られる。実際に子供の頃に叱られた経験のある人もいることだろう。
これがはじめからプールであると明記されていれば、叱られることはないわけである。あるいは遊泳可とでも書いてあればいいのである。まあ、そういうわけにもいかないのだろうが・・・

川崎区の浅田ラジウム温泉にはプールがある。サウナもあって、いずれも無料である。
残念ながらというか、露天風呂の例に同じく、ここにはプールがひとつしかない。風呂場そのものはデイシフトではないが、プールだけは一日おきに男女交替で使うことになる。
いずれにしてもプールであるから思う存分に泳げるのである。これは画期的なことだろう。

小生の知る範囲ではもう一軒、三浦半島の先端のほうにもプール付きの銭湯がある。

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2006.01.08

銭湯の再利用方法

銭湯廃業後はマンションになると書いたが、二十年前はまた現在とは事情が違ったようである。
銭湯が老朽化して建て替える時に、上階をマンションにするのである。言い換えるとマンションを建ててその一階が銭湯になるわけだ。もちろん今でもそれはある。鷲の湯などがその好例であろうが、今は老朽化した段階で廃業してしまうケースが圧倒的に多いわけである。

マンションの一階が銭湯の代表例は、中区の弁天湯であろう。一階が駐車場などで二階に銭湯があってその上がマンションというのもある。えびす湯がそうであるし、寿町の翁湯はマンションというわけではないけれども同じようなタイプといえるかもしれない。

これらの例はいずれも二十年以前からすでに今のスタイルである。横浜の中心部だけあって進んでいるともいえるだろう。

保土ヶ谷区に花の湯がある。
残念ながら入浴したことはない。かなり前に廃業してしまったのである。ここもマンションの一階が銭湯になっていた。ゆえに取り壊すわけにもいかず、そのまましばらく放置されていたのだが、今はいわゆるデイサービスの拠点みたいになっている。
あるいは入浴設備がまだあって、それをご老人の方々が利用しているのかもしれない。

ひとつの再利用法といえるだろう。

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2006.01.07

芦名湯

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銭湯廃業後の傾向として、最近はマンションを新築するケースが多いような気がする。

例えば、本牧にはつい数年前まで本牧湯があった、それがいつの間にかマンションになっていた。本牧湯は正真正銘の本牧町の銭湯だった。(ちなみに、本牧ゆあそび館はかつて千代崎湯といい、住所は千代崎町である。)
それから名前はすっかり忘れてしまったが、神奈川区の中央市場に入っていく通りにあった銭湯も、ずいぶん前にマンションになっている。
鎌倉館はテレビなどの取材を受けたりして、けっこう有名な銭湯だった。露天風呂があり、サウナが無料という、横浜のあの界隈では他の追随を許さない人気の銭湯だった。
これも現在はマンションである。
銭湯を廃業してマンションになっているところは、他にもたくさんあるが説明できるほど詳しくない。

横浜橋商店街の裏通りには平和湯がある。これはすでに閉めてから久しいのだが、どういうわけか建物をそのまま残してある。最近ではめずらしいケースだろう。

さて、芦名湯である。
小生の記憶が確かなら、今日紹介した銭湯の中では、この芦名湯がいちばん早くに廃業したのではなかったかと思う。弘明寺商店街のすぐ裏手という好立地だった。どうしてダメだったのだろう。
思い起こすと、この界隈には他にも銭湯がたくさんあったけれども、かなりの軒数が廃業しているのである。やはり根本的には生活スタイルの変化が大きいのだろう。銭湯はどうしても廃れる運命にあるようだ。

話を戻して、芦名湯が店を閉めてかなりの年数が経つ。小生はてっきり、もうとっくのとうに建物を解体して、マンションなり何なりに変貌を遂げていることだろうと想像していた。しばらく、というか、ヘタするとそれ以来、十年以上もそこを通ったことがなかったかもしれないのである。

それがご覧のように銭湯の建物はそのまま残っており、しかもそれをレストラン(だと思う)に転用しているのだった。
これはまた、ひじょうにめずらしいケースだと思う。

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2006.01.06

銭湯減少の別要因

銭湯は激減している。
ひと頃よりは減少ペースが落ち着いてきたような気がしていたが、また最近になって廃業するところが目立つようになった。

スーパー銭湯のあおりを食っているのだと考えられる。

前に、現代銭湯は駐車場が必須であると書いたけれども、車で出掛けるのであれば、少々遠くても設備の充実した銭湯に足が向いてしまうのが人情である。

また、駐車台数の問題もある。銭湯の駐車場は、一部の例外を除けば、せいぜい十台くらいがいいところである。車で出掛けても満車だった場合が困る。まさか今の時代は路上駐車して銭湯に入るわけにもいかないだろう。ゆっくり落ち着いて入っていられない。
そうすると必然的に、大規模なスーパー銭湯に向かうようになる。駐車場が余るほどあるので、満車で入れないことは滅多にないだろう。

そういうわけで、普通の銭湯はますます人気がなくなっているように感じられるのである。

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2006.01.05

中島湯

銭湯というのは大抵が人を雇わないで家族だけでやっているものだった。
早いところで夕方の三時くらいから営業をはじめて、夜の十一時くらいまでというのが相場であろうか?
家族だけでやっていればそれくらいが限界でもある。実際には営業時間以外にも準備だとか清掃があるのだから、決して楽な商売ではないだろう。
また、別の見方をすれば、お客さんのニーズの問題もある。つまり、朝から営業したとしても客が来なければ湯を沸かしている意味がない。燃料のムダであろう。そういうことで、極端に営業時間の短い銭湯もあった。残念ながら、そのような銭湯は消えていく運命にあるといっても過言ではない。

川崎区の中島湯は別格である。
現在でも朝五時から営業していて、深夜の一時までやっていると思う。確かその前は、朝四時から深夜の二時までだったような記憶がある。もうほとんど二十四時間営業に近い。
この銭湯には奥に特別室があった。サウナ利用者のための休憩室であり、こうした設備は他の銭湯にもある。ところが中島湯ではこの休憩室を取り壊して半露天風呂なるものを造った。はっきりいって、この半露天風呂は中途半端でいけない。なぜわざわざ休憩室を壊してまでこれを造ったものか理解できなかった。
一説には、中島湯は営業時間が長い、それで一部の不心得者がまるで自分の家のように朝から晩まで占拠してしまって、他の人が利用できなくなっていたらしいのである。不心得者といっても規定の料金は払っているのだから文句をいうわけにもいかなかったのだろう。普通の銭湯利用者はせいぜい一時間、サウナ利用者でも平均すれば三時間がいいところだろう。それを十時間も二十時間も・・・そうなのだ、中島湯はそれくらい長時間営業なのであるが、ともかくそんなに長い時間を一部の人間だけで占拠していたら他の客がいい迷惑である。
それで休憩室を廃止したのだといわれている。

ちなみにこの中島湯は商店街に面したところにあるにもかかわらず、駐車場を十台分くらい確保している。ゆえに遠隔地からも入りに来る人がいるのである。
かくいう小生もその一人だった。

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2006.01.04

日の出おふろセンター

銭湯の思い出でよく語られることがある。

若い頃、もっといえば子供の頃に、熱くて湯船に入れない、子供は平均すると熱く感じるものであろう、そこでじゃんじゃん水でうめるのである。そうするとどこかのオヤジであるとか年寄りに叱られるのである。
子供心に、ジイサンというのはなぜあんなに熱い風呂が好きなのだろう、などと思ったものだった。ましてや今になってみれば、熱い風呂は血圧だとかの問題で体によくないとまでいわれるようになってきた。しかし、まあ、子供と大人では皮膚感覚が違うのも事実であろうから、そんなに極端に高温だったわけではないのかもしれない。

いずれにしても現代銭湯では湯船を数種類は用意しているものである。高温・低温はもちろんのこと薬湯があったり、あるいはサウナのある銭湯では水風呂まで用意している場合が多い。
ゆえに熱いからうめるなどという必要もないのである。

しかし、川崎区にある日の出おふろセンターには驚いたものだった。

いわゆるカラン・・・洗い場で湯や水を出す蛇口のことであるが、これは通常、二つ並んでいるわけである。もちろん今書いたように湯と水の二種類がある。カランから湯を桶ないし洗面器に入れて使うわけであるが、熱ければ水を入れて調節するわけである。というか、けっこうカランから出る湯は熱くなっている、これを水とうまく混ぜ合わせて自分の好みの温度に調節するわけだ。

混合栓というのが今は当たり前になってきた。おそらく家庭の風呂でも多いことだろう。ようは湯と水を混ぜ合わせた状態で、一つの蛇口から出てくるような仕掛けになっている。おおむねダイヤルで温度調節ができるようになっている。
普通はダイヤルが高温のほうには回らないようにロックがついている。四十二度のところにロックがあると思う。これだと子供が間違えて火傷するようなことがないという意味があるのだろう。

さて、日の出おふろセンターである。

ここは混合栓ではない。しかし、カランは一つしかないのである。どういうことだろう?
ようは最初から適正温度のお湯が出てくるようになっているのだ。
それにしてもボイラーの不具合でぬるくなったり熱くなったりしないものか心配である。また、適正温度といっても人によって微妙に感覚が違うし、好みが違うだろう。熱いのが好きな人、ぬるいのが好きな人、それぞれいるはずである。文字どおり人それぞれ温度差があるのだ。

そんなことはわかりきったことであろう。それを承知であえてカランを一つにしたのだろうから、これはこれですごいことだと思う。

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2006.01.03

銭湯は絶滅危惧種か?

川崎浴場組合連合会のサイトによると川崎区には現在、三十七軒の銭湯があるようだ。

やぶからぼうに川崎の銭湯の話題であるが、これにはわけがあるのだ。小生の印象でいうと、横浜よりも川崎のほうが銭湯が盛んである。より正確にいえば、川崎区が盛んなのである。軒並み銭湯である。いや、もちろん、これは誇張である。
けれども歩いて行ける範囲に何軒もの銭湯があるのは事実であって、普段通っている銭湯が休みだからといって困ることはない。他に代わりの銭湯はいくらでもあるのだ。

川崎区が銭湯の盛んなところである決定的な証拠をひとつ挙げてみよう。おそらくこの情報はネット初公開だと思う。

数年前のことである。不動産情報を見ていた。賃貸である。
さがせば今でも風呂なしの物件はいくらでもある。ことに銭湯のある地域には間違いなくある。
それが驚いたことには、「新築の風呂なしアパート」という物件が出ていたのである。つい三年ほど前のことである。

これはおそらく川崎区ならではなのだろう。銭湯が多い地域である。銭湯を当て込んで、はじめから風呂なしの安アパートをさがすような人もいるわけである。家賃がいくらだったか忘れてしまったが、おそらく新築でも四万程度ではなかったかと思う。

新築風呂なしアパートが建つくらいだから、川崎区の銭湯が絶滅することはまず有り得ないであろう。

横浜の銭湯は危ないかもしれない。

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2006.01.02

第一よりも第二のほうが強い理由

横浜の銭湯には、「第二○○湯」という名称のものがいくつかある。
当然、第一があってしかるべきであるが、第一に相当する銭湯が見当たらない場合が少なくない。もちろん「第一」と冠していなくても、単に○○湯でもいいわけだが、それに該当する銭湯が見当たらないのである。

これはどういうことだろうか?
都市研究のひとつのテーマになるかもしれないが、小生のような素人はあてずっぽうにあれこれ考えるのが好きなので、本格的に研究しようなどとは思っていない。

経営者はおそらく最初の銭湯で相当に儲けたのだろう。それを元手に第二の銭湯を建てる。当然に立地条件のいいところをさがして建てる。最初の銭湯でガッポリ儲けているので少々地代が高くても何とかなるし、銭湯は儲かる商売だから場所がよければなおさらすぐにでも元が取れるだろう。
ようするに第二のほうが立地がすぐれているのである。ゆえに銭湯そのものが斜陽の時代を迎えても第一よりは持ち堪えているのではあるまいか?

しかし、これは読みが甘いかもしれない。
例えば鶴見区に清水湯がある。ここは今でも清水湯と第二清水湯があるけど、その昔は第三清水湯もあった。仮に今度は第二清水湯が廃業するとしよう。そうすると残るところは清水湯だけである。

つまり、現状だけを見ていると、第二○○湯というのが目立つので、押し並べて第一のほうから潰れているように見えるけれども、すでに第二がなくなっている銭湯もかなりあると考えられるのだ。もともと清水湯のように第二に対して第一と冠していない銭湯であれば、第二がなくなった時点でもうその存在は痕跡がなくなってしまうわけである。

つまり、第一よりも第二のほうが強いわけではない、ということだ。

少々理屈っぽいがおそらくこれが正解だと思う。

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2006.01.01

銭湯における特別室とは?

気がついたら年が明けていた。
ホームページを立ち上げてから、もうすぐ一年になるが、それはさておき今日も銭湯の話題で行こう。

鳩サブレーのような形をした鍵だと、昨日は書いたのであるが、形が違うのもある。
前にも紹介した葛の湯がちょっと形状の異なる鍵を使っている。他にもあったと思うが記憶がはっきりしない。
また、中区山下町のえびす湯は、ちゃんとした鍵である。

話が前後してしまった。
小さな銭湯でサウナを増設したような場合、例の鳩サブレーでサウナの扉を開くのであるが、大きな銭湯というか銭湯系のスーパー銭湯ではロイヤルルームを設けてあって、その入口の扉を鳩サブレーで開くのである。

例えば、本牧ゆあそび館などは本当に敷地が狭いけど、よく設計されていると感心する。一階が駐車場になっていて、二階にフロントがあり、ロビー・軽食コーナーがある。そして脱衣所があって、奥に風呂場があるわけだが、この二階の風呂場は通常の銭湯料金で入浴することのできるエリアである。二階の風呂場には三階に上がるための扉がある。そう、この扉が例の鳩サブレー・・・あれ? もしかしたら葛の湯と同じ形状だったかもしれないが、久しく出掛けていないので忘れてしまった。いずれにしても、この扉が三階のロイヤルルームへと上がる入口になっていて、三階にはサウナであるとか、露天風呂などがあってゆったりと楽しめるわけだ。

このロイヤルルーム方式は、横浜の銭湯では葛の湯・本牧ゆあそび館・えびす湯くらいであろうか?
この三つの中では、えびす湯がもっとも早い時期にこの方式を採用したのだと記憶する。

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