2006.05.29

らくーかん?

世の中の進歩には、ついていけない。

インターネットエクスプローラの新しいバージョンが出たので、さっそく導入したけれども、なんだかそれだけでえらいストレスだった。
はたして便利になったのかどうか、判断がつかない。タブができたといっても、今までだって別ウインドウで開くことができていたわけだから、それほど画期的でもない気がする。ただ複雑になっただけではあるまいか?

また、ニフティのほうではラクーカンなるものが始まった。なんだそれは? 何か画期的なものなのか? わけがわからん。

ともかく手を変え品を変え、客の興味を惹きつけておきたいのだろう。競争が激しいから、そうしないとすぐに乗り換えられてしまう。

しかし、小生などはかえって頭の中が混乱してしまって、どんどんとやる気が失せてきている。

例えば、包丁みたいなものはほとんど形態が変わらないが、それでも問題はないのである。どちらかといえば、包丁の善し悪しよりもその使う人の包丁さばきが物をいう世界なのである。
本来ならば、インターネットも同じはずなのであるが、ようするにサービス産業だからであろう、あれこれと付加価値をつけてお客に過度の幻想をいだかせているのだと思う。

人間の欲望には際限がないというから、おそらくはいつまで経っても終わりがないのであろう。

困ったものである。

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2006.04.19

ブログの次に来るものは・・・

有隣堂本店の三階にパソコン関係の書籍を置く一画がある。たまに冷やかしに行くのだが、どうもひと頃にくらべるとホームページだとかブログの作成を教える手引書・・・ハウツー本とでもいうのだろうか・・・そういう本が少なくなったように感じている。

それこそひと頃はその手の本が山積みになっていたものである。

結局、ホームページはともかくも、ブログはあまりにも簡単すぎるのである。
ゆえに、わざわざお金を払って説明書を買おうなどとは誰も思わないに違いない。当然、売れ行きは芳しくないだろう。売れない本は置かないものである。

そんなこんなで、本屋さんの店頭を見ている限りでは、一時期ほどのブームは過ぎ去ったのだろうと思われる。

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2006.03.29

インターネットの飽和点

このところ、ココログに異変が起きているようだが、小生には何がなんだかさっぱりわからない。

どうやらバージョンアップが行われているらしく、さまざまの機能が新しく追加されているようでもある。

しかし、だからどうした? ・・・という心境である。

小生には不満はなかった。
ようはどれほど高性能であっても使いこなせていないので、バージョンアップはあまり意味がないのである。例えていうならば、時速三百キロが出せるレーシングカーで徐行しているようなものなのだ。
小生の技術ではせいぜい百五十キロが限界であるし、そもそも日本では百キロまでしか出せないことになっているはずだから、そんなにスピードの出る車は必要ないのである。人並みに走れればいいのである。

小生の見るところ、どうやらインターネットも飽和状態になりつつあるようだ。
実は小生もそうだったのだが、おそらく同じような人がたくさんいることだろう、すなわちインターネットなるものに過度の期待を懐いていた人がたくさんいたと思われるのだ。一種の幻想ともいうべきかもしれない。
ようするに、インターネットを活用することによって、すでにずいぶん昔にあきらめていた夢があるいは実現できるかもしれない、というような甘い期待を懐いていたのである。

だが、何の世界でも人が多く集まれば競争原理が働くわけであって、最終的にはいわゆる勝ち組・負け組みに選別されてしまうのである。どうやらこの数年くらいの短い期間で、その帰趨が見えてしまったように小生には感じられる。
具体的には、例えばインターネットを利用してお金儲けを考えていたとして過去三年間の実績がどうであるか、じゅうぶん儲かったのか、それともぜんぜんダメだったか、あるいは逆に損してしまったか、それが勝ち組・負け組みの意味である。

結局、インターネットで一山当てようと思っている人がゴマンといるのだから、その中から一歩でも二歩でも抜け出すことは容易なことではないのだ。
ゆえに小生の場合は、一儲けなどというスケベ根性は一切捨ててしまって、今は趣味の範疇でやっている。
いまやインターネットは特別な存在ではないのであって、誰でも当たり前のように利用できる。ようは人それぞれが好きなように利用すればいいだけのものなのである。

しかし、こうなってしまうと金儲けを考えていたような人たちは一気に熱が冷めてしまうことだろう。
ゆえに今後はそれほど需要が伸びるとも思われない。生活上の利便品としてごく当たり前のように活用する人もいれば、ぜんぜん使わない人もいるだろう。そして一部の人は・・・そう、あくまで一部の人なのである・・・ネットを趣味とする人はあくまで全体の一部に過ぎない・・・というような流れになっていくことだろう。

これが飽和状態の意味である。

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2006.01.27

ホリエモンとは何ぞや?

小生は世事に疎い。例えばテレビで人気が出ているタレントなど、なかなか名前と顔が一致しない。ようやく覚えた頃には、そのタレントのブームが去ってしまって、場合によっては消えてしまっていることもあるくらいである。
であるから、堀江某なる人物がずいぶん脚光を浴びたものだが、いったい何者なのか、未だによくわからない。

ということを、昨年の七月五日に書いた。その時のタイトルは、ライブドアとは何ぞや? である。

ある意味、予言が当たってしまった。ようはホリエモンはタレントみたいなものである。そして彼のブームはもう終焉を迎えようとしているわけなのである。

プロ野球への新規参入で楽天と競っていた頃は、まだ顔と名前が一致しなかった。フジテレビの買収問題の頃になって、ようやく彼の顔をおぼえた。昨年の衆院選で静香ちゃんの選挙区に乗り込んで戦っていた頃はすっかり顔をおぼえたものであるが、それも遠い昔のことのように感じられる。

しかし、どうなんだろう?
素人なのでよく知らないが、刑務所に入るようなレベルの犯罪ではないだろう。ようは社会的に名前が売れ過ぎてしまっているからこそ、その反動が大きいということではないのか? 俗に出る杭は打たれるというヤツである。

いずれにしてもインターネットなどというものは、まさに虚業そのものである。砂上の楼閣、あるいは蜃気楼のごときものかもしれない。

泡銭とか悪銭という言葉がある。
インターネット関連企業がすべてそうだとは思わないが、やはりどうしても地に足が着いていないという気がしてならないのである。

しかし、ホリエモンはこの程度で終わる人物ではないだろう。まだ若いのだから、これから再起に向けて頑張ってもらいたいと思う。

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2005.12.06

相変わらす初心者

先月本を三冊買った。
そのうちの二冊がパソコン関係の本であるが、今日になってようやく読み終えた。

いろいろと新知識を得ることができた。
例えば、マウスを使っているうちは初心者の域を出ない、極力マウスを使わないで操作できるようになるべき、というようなことが書いてあった。
ようはキーボードだけで操作したほうがスピードが断然に速いということなのである。もちろん、そんなことはわかっているのであるが、なかなか憶えられなくて、結局はマウスに頼ってしまうのである。

今まで知らなかったことをひとつ書けば、ブラウザの左上に矢印があって、当然これは戻ると進むの意味である。BackSpaceキーを押しても戻れることは知っていた。けれども進む方法をキーボード上でどのように行うかがわからなかったのだ。
これはAltキーと同時に右矢印キーを押せばいいのである。

パソコンを始めてすでに三年近くにもなるというのに、まったくわれながら進歩の遅さにあきれてしまう。

しかし、マウスは捨てがたい。
だって、片手でお菓子をボリボリ食べながら操作できるんだもの。

ダメだこりゃ。

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2005.11.29

わざわざ本を買って読むことのメリット

ずいぶん前に、インターネットは両刃の剣か? というテーマで連続投稿したことがある。

いろいろ書いたけど、なかでもインターネットをやるようになってから本を読まなくなったということが吉と出るか凶と出るか、その辺のことを執拗に書いた。本の代わりにネットの情報で間に合わそうという考えが正しいのかどうか、今でもわからないところがある。
新聞などはいわゆるオンライン版の記事が普及してきたので、新聞を購読しなくても新聞が読めるということはメリットであろう。ただし新聞記事とネットの記事が全部同じかどうかはわからない。すべて同じならいずれは新聞を定期購読する人がいなくなってしまう可能性もあるのだから、何かしらの差別化がなされているのかもしれない。ようするに新聞を購読する何かしらのメリットが確保されているのかもしれない。
だが、テレビのニュースはどうだろう? これは完全に無料である。テレビさえあれば、NHKは別にしても民放のニュースはタダで視聴できるのである。
この流れからいけば新聞も安泰ではいられないだろう。実際のところ、小生は新聞を購読していない。

さて、新聞どころか本すらも買わないですべてネットの情報で間に合わそうというのが、当初の目論見だった。しかし、何と今月は本を三冊も買ってしまったのである。

以前の投稿と重複することをお許しいただきたい。
本を読まなくなった。遊んでばかりいる。決まったサイトばかり閲覧している。
ネットで情報収集するといっても、こちら側に探究心とか求道心みたいなものが欠落してくると、やがては安逸をむさぼるようになってしまう。それが遊んでばかりということでもあるし、同じサイトばかり閲覧しているということにもなってくるのだ。
仮にネットが無限大の情報源だったとしても、こちら側にそれを受け取るだけのキャパシティがなければ宝の持ち腐れというものである。
しかもである。ひどいことには、例えば何かを調べるために検索を掛ける、ヒットしたサイトを閲覧する、ここまでは普通だろう、ここからが問題だ、小生はその閲覧先のサイトを一瞥して読むのが面倒くさそうだとそこで閉じてしまうのである。
これではダメである。ダメとわかっていてもなかなか改まらないのだから、これは困ったものである。すでに安逸をむさぼるクセがついてしまっているのだ。

さて、本を三冊買ったと書いた。
これは最近ではめずらしいことなのである。本を買うことは滅多にない。では、なぜ買ったか?
そのうちの一冊はどうしても欲しかったからであるが、あとの二冊はそれほどでもなかった。それでも悩んだ挙句、買うことにしたのである。
ようするに、買った本は必ず読むのである。もちろん、つまらなくて途中で投げ出す場合もあるにはある。けれども、お金を出して買ったのだから読まなきゃもったいない、という心理が働くわけである。
逆にインターネットの情報はタダである。だから有料サイトでもない限りはもったいないという気持ちにはなかなかならない。これが大きな違いであろう。

結論として、勉強家にとっては情報の宝庫ともいうべきインターネットだが、怠け者には遊び道具の一つに過ぎないのがインターネットである。怠け者が勉強しようと思ってもネットにはいろいろの誘惑があって勉強を貫徹できない。であれば、本を買って勉強したほうが目的がはっきりするので勉強に専念しやすいし、せっかくお金を出して買った本なのだから読まなきゃ損という意識も働くので必然的に勉強に前向きになれる。

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2005.10.25

そろそろ話題を変えたいのだが・・・

たった今、セキュリティ警告なるものが発せられた。

Norton Internet Worm Protection が侵入の試みを検出して遮断しました。

で、いろいろ細かい情報が記されている。内容はさっぱりわからないけど、このようなシステムは以前のバージョンにはなかった。ようは、ちゃんと働いてますよ、ってことを言いたいのだろう。この警告がうるさいと思う場合は、表示だけ消すこともできるようだ。とりあえずはこのまま表示されるようにしておこう。

さすがニューバージョンだけのことはある。

しかし、このところずっとこの話題ばっかだなあ。=バッカだなあ。=バカだなあ。=馬鹿だなあ。

これじゃ本当のバカだ。

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2005.10.24

maru氏へのお返事を兼ねて

いわく、

ノートンの営業方針に立腹するので有れば、あえて利用しないと言う選択肢もあったのかと思いコメントさせて頂きました。

コメントどうもです。

小生は根がケチなものですから、利用しなくていい=お金を使わなくていい、という選択肢があるとわかっていれば新しいのを導入しなかったかもしれません。けど、もう入れちゃいましたからね、手遅れです。
ともかくシロウト同然ですから、ウィルスソフトといえばウィルスバスターとノートンくらいしか知りません。で、なぜにノートンを使っているかといえば、購入したパソコンに付いていたソフトがたまたまノートンだったというだけの話です。もしバスターが付属されていたらバスターを使っていたでしょう。善し悪しを比較する知識もありませんし。
ノートンの営業方針に腹を立てているというわけでもないです。
もしかしたら、わざと不具合が生じるような仕掛けがあって、そろそろニューバージョンにしないとダメである、ということを悟らせようとノートンのほうで自作自演しているのか? っていう疑惑を少しは懐いているのですけどね、まあ、これは勝手な妄想のたぐいです。
おっしゃるとおり、企業は次々とあらわれる新種のウィルスに対応するために相当の開発費を掛けているわけでしょう、当然に最新バージョンを使ってもらいたいのが人情だと思います。
いずれにしましても、すでに2006バージョンを入れてまして、実際のところ、というか今のところは調子いいので、よかったと思っております。

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2005.10.23

ノートンアンチウィルス2006導入

さっそくニューバージョンを購入した。

ダウンロード→インストール→アクティブ化にやや手間取った。なにしろ慣れていないのだ。また数年後に同じことをするのかもしれないが、その頃には手順をすっかり忘れてしまって手間取ることだろう。

右下の時計のすぐ脇に、今までとは違ったマーク・・・一見するとサソリみたいなマークがある。それとは別に、言語バーのところにやや大きめの表示がある。すなわちノートンの表示が同時に二つも出ているのである。見慣れていないことを差し引いても、これはかなり目障りである。一つにまとめることと、それからもっと小さな表示にしてもらいたい。

小生がパソコンを買ったのは、2003年の四月である。そしてノートンアンチウィルスのお試し期間が三ヶ月あった。ゆえに、正式に導入したのは七月である。翌2004年の七月に更新、そして2005年の七月に二度目の更新を行った。つまり、来年の六月いっぱいは使えたのである。それをここで破棄してしまって、あたらにニューバージョンを購入したのである。八ヵ月分の無駄である。

例えていえば、車検が来年の六月いっぱい残っているのに廃車にしてしまったようなものだ。
こればかりは下取りのしようがないので仕方がない。

期限ぎりぎりまで今のバージョンで我慢するという手もなくはないが、こればかりはケチってもいいことはないだろうから、早々に決断したのだった。

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2005.10.22

腹の立つ予定調和

パソコンの電源を切ることは滅多にないのだが、再起動はときたま行っている。
特に最近は、いろいろといじくっているので、再起動の機会が多い。そのたびごとに、ひじょうに気になっていることがある。

起動時に真っ先に働いてくれているのがアンチウィルスソフトである。おそらくはこのソフトがパソコン上に問題がないかどうかを、まず確認してくれているのだろう。その後に、種々のソフトが動き出すようになっている。

ところがである。
最近はどういうわけか、セキュリティーセンターのほうが先に働いてしまい、「このパソコンはウィルスの危険にさらされています。ノートンアンチウィルスが機能していません。」などという警告が出てしまうのである。しばらくするとノートンも働き出すので、その時点で警告は自然に消えるのであるが、それにしても今まではこうではなかった。

小生の使っているのは、2003年版のアンチウィルスである。自動的にアップデートされるし、一年ごとの更新もちゃんと行っている。自分の腹づもりとしては、このまま死ぬまで使う気でいたのであるが・・・

・・・なんと昨夜、ノートンから驚くべきメールが届いたのである。

いわく、
ノートン2003シリーズの発売日から3年経ちました為、2005年10月17日を持ちまして
2003シリーズの更新サービス延長キーの販売を終了致しました。

ようするに、もう更新できない、というより先方は更新させないつもりなのである。早い話がニューバージョンを購入せよといいたいのであろう。

原理的にはアップデートをしていけば、永遠に使えるのではないだろうか?
いくらなんでも三年は短すぎる。十年くらいは使えるようにすべきだと思う。しっかり更新料は徴収するのだから、商売としては成り立つはずなのだが・・・

仕方がないので新しいのを注文するつもりだけど、なんだか腹の立つ話である。

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