2006.02.10

強運小泉

たまには政治の話でも、ざっくばらんに書いてみよう。

皇室典範の改正は先送りされることになったようである。
小生としてはちょっと安心した。というのは、おそらく小泉さんが意地を張り通したら大変なことになっていただろうことが予想されたからである。なにしろ意地っ張りだから、そして変人だから、ちょっとやそっとのことで折れることはないのだ。

骨抜き法案という言葉がある。ようは首相の顔を立てて法案は通すことは通すのだが、しかし、中身は修正に継ぐ修正で当初の法案とはまるで違うものになっている・・・ということらしい。
道路公団の時、新聞などに踊っていた言葉だと思う。

いわゆる抵抗勢力が改革をさせまいとして、そのような手法を使うようだ。
だったら、郵政民営化の時にもそうすればよかったのではあるまいか? 骨抜きの方法はいくらでもあったのではないのか? という気がするのであるが、おそらくは小泉さんそのものを引きずり降ろしたいという人たちがシビレを切らしてしまったのだろう、あるいは今なら小泉を倒せるという目算があったのかもしれない、けれども結果は周知のとおりである。

小生は小泉ファンである。
最近ようやく首相らしくなってきた・・・そう、実は首相になってからしばらくは、いや、しばらくどころではなく、ずっと小生は「この人は本当に首相なのだろうか?」という思いを懐いていたのである。
ようは、もっとも首相らしくない首相、それが小泉純一郎なのである。

今回の皇室典範改正断念について、いろいろの見方があるだろうけれども、小生は小泉首相の強運をまざまざと見た思いがする。

おそらく御懐妊のことがなかったならば、引くに引けなかっただろう。意地を通すしかなかったはずである。
閣僚の中でも有力者といわれる面々が早々に慎重論を唱えていた。それでもなお小泉さんは初志貫徹のつもりでいた。反対者が何人いようが信念を曲げない、それが小泉流である。
しかし、それはあくまで国民からの圧倒的な支持が背景にあっての話であり、国民からそっぽを向かれたらオシマイである。

どうも今回の場合は郵政民営化とは勝手が違ったようである。
見ていても雲行きが怪しいような気がした。慎重論が勢いを増していく様子が素人の小生にも感じられたのである。
女系と女性の違いも国民にはよくわからなかった。それがわかるようになってきて、だったら改正反対、という転向者も徐々に増えつつあったようでもある。

小泉さんは当然そうした流れなども敏感に察知していただろう、しかしプライドがある、特別の理由がない限り法案を引っ込めるわけには行かない。

そこに御懐妊というビックニュースが入ってきた。
これは改正案を見送るに充分の理由となる。ようは負けたことにはならないわけである。逆にここで意地を張り通せばそれこそ自滅の道をたどったことだろう。
今も皇室の御威光はあなどれないということでもある。

いずれにしても小泉さんは強運の人だと思う。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005.12.17

岩國哲人氏の振る舞い

昨日の朝、横浜線の十日市場駅前で、民主党の岩國哲人氏が演説を行っていた。

はっきりいうが、小生は民主党を応援しているわけでもなければ、岩國氏を応援しているわけでもない。
所用があって十日市場に出掛けたところ、たまたま岩國氏の演説に遭遇しただけの話である。ゆえに、ちゃんと聴いていたわけではない。ああ、なんかやってるな、誰だろう・・・くらいの関心しかなかった。

しかし、途中でひじょうに感銘を受けたのだった。
失礼ながら演説の内容ではない。聞き流していたので内容はぜんぜん憶えていないのである。では何に感銘したのであろうか?

演説の途中で、駅の構内アナウンスが流れた、そのアナウンス中だけ岩國氏は演説を中断したのである。
なんだそんなことか、というなかれ。演説に熱中していると周囲が見えなくなるものである。また、氏は駅の構内で演説していたのではなく、駅前すなわち駅の外で演説していたのである。ゆえに、演説を中断しなくてもさして問題とはならなかっただろうし、国会議員ともなればオレのほうが偉いんだという意識から意地でも演説を続けたかもしれない。

いちばん手っ取り早くいえば、公共の秩序ということの基本を岩國氏はよくご存知なのであろう。
また、今年の冬はやけに寒い。横浜も例外ではない。特に早朝が寒いのはいうまでもないことだ。それにもかかわらず、このような街頭演説をよく行っているらしいのである。ここに政治へのひたむきさがあらわれているし、腰の低さも感じられるのである。

駅の構内アナウンスを優先させた、というだけの話であるが、小生には好感の持てる振る舞いだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.10.02

教育問題と環境問題のコラボレーション

タイゾー人気にあやかるわけではないが、杉村太蔵議員のブログから面白い記事を見つけた。

スポーツから考える環境問題というのがそれである。

議員は(この時点ではまだ議員ではないが)この記事を「都会でもあっても、川で水泳の授業が出来る環境にしたい、と思う。」というきわめて簡潔にして平易な言葉で書き始めている。
ようはキレイな川にするということ、そして水泳の授業をプールではなく川でやることの意義を、このあとに述べていくのである。

小生が思ったのは、これらを別々に論ずるのではなく、ミックスさせているところ・・・今の言葉でいえばコラボレーションとでもいうのだろう、ここがひじょうに斬新だと思うのだ。

まあ、しかし、実際にこれをやるとロクなことにならないだろう。
行政は事なかれ主義である。事故が起こると困るので、もし川で水泳の授業をやるということになれば、おそらくは川にいろいろな設備を施してしまって、実質的にはプールと変わらないものになってしまうだろう。それでは意味がない。

太蔵議員いわく、「水泳の授業の究極のテーマは、見ずに放り出されたときに最低限自分の身を守ると言うことだろう。」

「見ずに放り出されたとき」は「水に放り出されたとき」の間違いと思われる。
それはともかく、議員の提案の意味からすれば、あまり川をいじくらず天然・自然の状態を理想とするのだろう。
だが、現実には「危ない」の一言でおしまいの話に違いない。

さし当たって、川の水がきれいになること、これに異論はないであろうから、太蔵議員にはぜひとも環境大臣の椅子を目指して頑張っていただきたいと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.09.12

劇的

一ヶ月ほど前に歴史的人物と題して解散劇の論評を書いたのであるが、小泉自民は圧倒的に不利、負ける公算が高い、という風にその時点では思っていた。文章もそういう雰囲気の文章になっている。

結局、大ハズレだった。

しかし、どうだろう、その時点で自民党の圧勝を予想したものがいるのであろうか?

普通に考えて、郵政民営化法案を野党はこぞって反対している。野党だけならまだしも、身内の自民党からも多数の反対者が出ている。衆院ではなんとか可決したけど、参院では否決の公算が高かった。青木さんが根回しに奔走した。けれどもダメだった。
この流れは反小泉の流れであり、もう、どうにも止まらないと見るのが自然ではなかったかと思う。

小泉主演・演出の劇場型選挙との論評がある。
しかし、その元をただせば、法案否決に始まるわけである。法案が可決されていれば選挙はなかった。つまり、小泉劇場を開演させてしまったのは、他ならぬ反対派の議員なのである。必ずしも小泉さんが好んで選んだ道ではないという前提を忘れてはならないと思う。

それを踏まえて考えれば、解散時の流れとしては、小泉さん不利の認識が一般だったのではあるまいか?

自爆解散との論評があったもの事実である。

やはり不利だったのだ。むろん選挙をやるからには勝つつもりで戦うわけだが、まさに状況的には背水の陣だった。決して勝算があったわけではなく、あくまで信念を貫いたのである。

この心意気が有権者をして感動せしめたのであろう。

劇的というのは演出によるのではない、演出から劇は生まれても劇的は生まれない。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

「自民党の約束」批判

選挙期間中にやると叱られると思って黙っていたが、自民党政権公約2005<要約版>についてはいろいろ文句を言いたくて仕方がなかった。どうやら自民党の勝利が確定したようなので、安心して悪口が書ける。

「小泉改革4年間の実績」を謳っているが、その中の「ネット社会も飛躍的に進展」というのがわからない。

「インターネット料金水準は4年間で約3分の1に」
「加入数はおよそ20倍に」

おいおい、なんじゃこれは。
他の実績と比べると、どうも違和感がぬぐえない。
小生がインターネットを始めたのは一昨年であるから、この4年間のうちに含まれることは間違いない。だが、どうだろう、別に小泉さんに勧められてネットを始めたわけじゃないし、ネットの普及がいいことなのかどうかもわからない。極端な例をあげれば、プロ野球の入場料が3分の1になって観客動員数が20倍になった・・・これを小泉改革の実績であるといえば、これほど馬鹿な話はないだろう。
つまり、ネットというものは、長い人類の歴史の中ではまったく新しい未知数の世界であって、それがどう転ぶかわからないのである。あくまで、ネットを「善なるもの」という前提で捉えればその普及は大いにけっこうであるが、必ずしもそうとは言い切れない負の部分がたくさん含まれていることに注意しなければならない。

その意味で、「自民党からの120の約束」の028.029.030.あたりは注意を要する。
結局、ITの活用だの普及だのといっても、個人のレベルではしょせん、どうでもいい、くだらない、非生産的な、時間つぶしみたいなことに使っているだけの話なのである。
医療・教育への活用といっても、医療はさておき教育では教育者がうまく活用すれば大いにけっこうだが、被教育者すなわち子供たちがどのように活用するかが難しいのである。おそらくはゲームばかりに熱中してしまうとか、あるいはアダルトサイトの問題もある。どうしても安易な方向に流されやすい。これは子供たちだけでなく、大人も同様であろう。

こうしてみると、「自民党からの120の約束」などというものは、キレイ事を120個羅列しているに過ぎないことがわかる。
いちいちの文面は、それはごもっとも、というものである。結局、中身がどうなっているかが大事なのだ。
いわゆる総論賛成・各論反対という立場が多いのはむべなるかな、である。


う~む、今回はずいぶん野党寄りの意見を書いてしまったものである。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005.09.02

ニフティのニュースサイトから

目立つ単純化、論点そらし(共同通信)
 選挙戦もいよいよ1週間余り。小泉純一郎首相も全国遊説に汗を流す。しかし、首相の発言内容をみると、郵政民営化以外に目立つのは、「単純化」や「論点そらし」の小泉ワールド。議論の土俵に乗ってこないため、きまじめさが売り物のライバル、岡田克也民主党代表らも攻めあぐむ。

[共同通信社:2005年09月02日 07時20分]


この記事はどうなんだろう?

少し公平性に欠く気がする。小泉さんを揶揄するような文章、そして岡田代表頑張れみたいなことを言外にほのめかしているような・・・といっても明確に断定できるほどではない。読む人によって違った印象を受けるかもしれない、ひじょうに微妙なところである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.08.17

綿貫さん

あいまいな記憶だけで書くことをお許しいただきたい。

綿貫さんといえば、元衆議院議長であり橋本派の重鎮である。しかし、新党の党首になったそうなので、橋本派の重鎮という肩書きはなくなった。もっとも橋本派じたいが今後どうなるか、よくわからない。

綿貫さんは自民党の幹事長経験者でもある。
ただし、あの頃は竹下さんや金丸さんが健在で、その下にはいわゆる七奉行といわれるつわものがいて、綿貫さんはお飾りという感じが否めなかった。

また、衆議院議長というのは長老議員の花道というか、引退が近い人の仕事のようなイメージがある。だから、綿貫さんもそろそろ引退だろうと思っていた。

しかし、ここに来て、自民党と袂を分かって新党を結成したのだから、大したものである。
冒険をするような年頃でもあるまいし、その心中はよくわからないが、ともかく意地を通したということであろうか?
態度を保留しているような連中よりは遥かに立派であると思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.08.09

意外や意外

iriyaさん、コメントありがとうございます。

あちこちのサイトで話題になっている郵政解散ですが、案外に小泉ファンが多いようですね。小泉さんも長いですからね、そろそろ国民も飽きてきたのだろうと思っていたんですが、けっこう根強い人気があるみたいです。

今朝のラジオ番組でも、えーとニッポン放送だったかな? なんだか解散劇をきっかけに支持率が急騰したみたいなことを言ってましたから、びっくりしたものです。

まあ、選挙はやってみないとわかりませんが、小生の見立てではどうも小泉さんの不利は動かないと思っていたんですけどね、う~ん、でも浮動票がものをいう時代ですから、やっぱ小泉さんってカッコいい、というような流れになっているのかなあ、という気がしてきました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.08.08

歴史的人物

どうやら郵政法案が否決された模様である。

可決されれば、なんだガッカリという気分もあったので、むしろ国民は否決を喜んでいるのではないかと思う。
郵政民営化の是非ではなく、いわゆる政治的閉塞感からの脱却を国民は待ち望んでいるのだ。

しかし、今回の否決劇は自民党内での確執以外の何物でもない。
はっきりいって、小泉首相に変わる人物が自民党にはいない。ゆえに、あくまで小泉首相を看板に選挙を戦うことになるだろうが、はたして勝ち目はあるのだろうか? 自民は大敗するのではあるまいか?
さりとて、民主党の岡田代表がただちに次の首相になるとは想像できない。失礼ながら役不足の印象があるのだ。

小生は小泉ファンである。

すでに小泉首相はじゅうぶん歴史的人物である。自民党を変えたと思う。おそらく並みの首相なら、というか従来の自民党では小泉首相のような手法は通用しなかったわけで、首相といえども党の重鎮だとか派閥の領袖の意向に真っ向から逆らうことはできなかった。やろうとしても、途中で腰砕けになるのが関の山だったのだ。
ところが小泉首相は最後まで信念を貫き通したのである。
これで総選挙をやって負ければ小泉首相は終わりであろう。しかし、ここまでの頑張りは賞賛に値するし、ひとつの生き方として尊敬できると思う。

| | コメント (1) | トラックバック (2)

2005.07.24

江戸の敵を長崎で討つ

久しぶりにNHKの日曜討論を聴いた。

どなたの言葉だったか、うっかり忘れてしまったが、表題のようなことをいっていた。

つまり、郵政法案が参院で否決された場合、小泉総理は解散に打って出るというが、これは筋違いであると。
その譬喩として「江戸の敵を長崎で討つ」というわけである。

まあ、確かにそれは的を射ているかもしれない。
ただし、これを野党がいうのは変な気もする。というのは、総理が解散をちらつかせているのは自民党の反対勢力に対してである。今の状況で総選挙をやれば自民党は大敗する。民主党に政権を奪われる。それでよろしいのか、というわけである。

これが本当だとしたら、野党とりわけ民主党は喜ぶべきであろう。ところが討論を聴いていると、野党のほうがどうも解散を嫌がっているように思えるのである。
公明党あたりが政治空白を作るべきではないというのはわかるが、野党の論調も同様に聴こえてしまうのは小生の空耳であろうか?

もっとも、政治家というのは本音と建前をうまく使い分けられるものだろうから、一見すると正反対のポーズをとっていて、そのじつ内心では与党の分裂を喜んでいて、解散を心待ちにしているのかもしれない。

どうであろうか、郵政法案は否決の公算が高いのであろうか? ひじょうに緊迫した状況であることは間違いないけど、先のことはタイムマシンでも使わないとわからない。もちろん、そんなものはありゃしない。

小泉さんは自民党をぶっ潰すと豪語して総理になった歴史的人物であるが、もしかしたら本当に自民党をぶっ潰すことになるかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)